自粛しないとは怪しからん。
きつい仕置きをして進ぜようじゃ。
自粛してないと、怒られるよ。
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清の時代、江蘇・無錫の恵山に王婆墩(王ばばあ村)という集落があって、その川向うに漢の高祖の忠臣として名高い紀信さまを祀る廟があった。
しかし、村のやつらは紀信のことなど知らんので、
里人謂之都城隍廟。
里人これを「都城隍」の廟と謂えり。
土地の者たちはこの廟のことを、「大都市守護神さま」の廟、と呼んでいた。
「城隍神」は城壁で囲まれた都市の神さまで、天帝の指揮を受ける官僚と理解され、何十年かで交代もします。「都」がついているので、「大きな町の城隍神」といいたいんでしょう。
毎年三月廿八日為城隍生日、是日歌楽喧天、遊人無数。
毎年、三月廿(にゅう)八日、城隍の生日と為し、この日、歌楽天に喧しく、遊人無数なり。
毎年三月二十八日は、城隍神のお誕生日だとされ、この日は、歌や音楽が空まで聞こえそうなぐらい騒がしく、やってくる人は数限りないほどであった。
今日やってるんですね。チャイナではもうコロナ自粛終わりだそうですから、今年も騒がしくやっているのかなあ・・・と思いましたが、旧暦なので違いますし、どうせ文革で封建時代の反動的文化だから滅んでしまっていることでしょう。
そんなお祭りの日でも、
惟後楼三間、寂静無人、登之可以眺遠。
後楼三間のみは、寂静として人無く、これに登れば以て眺遠すべし。
廟の裏側に正面から見ると四本の柱がある(間が三つある)塔があって、そこは静まり返って誰もおらず、登ってみると遠いところまで見渡すことができた。
ここが至聖所だったので、ここで騒いだり神聖な場を汚すような行為は自粛が求められていたのだ。
ある晩、
有男女両人、私約至此、将解褻衣。
男女両人有りて、私約してここに至り、まさに褻衣(せつい)を解かんとす。
オトコとオンナが二人でひそかに申し合わせて(誰もいないはずの)この場所に来て、
「へへへ・・・」「ふふふ・・・」と
下着を脱ごうとした・・・
その時、
忽見金甲人叱之、投両人於楼外、適堕河中、一生一死。
忽ち金甲人のこれを叱するを見、両人、楼外に投ぜられて、河中に適堕し、一は生き一は死したり。
突然、黄金のかぶとをかぶった武人が現れて叱責し、やおら二人をつかみ上げると、塔から放り出した。二人は川の中に落ちてしまい、一人はなんとか助かったが、もう一人は結局溺死してしまったのであった。
なんという反動的な行為であろうか。
それにしても、
甚矣哉、神明之霊也。
甚だしいかな、神明の霊なること。
すごいものである。神さまの力の神秘的なことは。
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「履園叢話」十五「鬼神篇」より。自粛しないとは怪しからん。