巨大キタキツネだ。コロポックルにつつかれて喜んでいるのだ・・・などと言っても、「何をうわごとを言っているんだ、熱でもあるのか」と心配する者もいないので気楽である。
朝はなみずが出てしようがなかったんで、寒いんで風邪ひいた、うわごとを言い出すかも・・・と思ったんですが、昼間暖かくなったらはなみずも出ないし風邪は引いていないようです。しかしついでだから、うわごとみたいなお話をするか。
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今日も、清の時代のことです。
虞山の帰氏の家に金杏という女中がいたんです。まだ小娘なんで奥さまがかわいがっていなさったんですが、あるとき、
随主母往祖師廟。
主母に随いて祖師廟に往く。
奥さまのお伴をしてお寺の祖師廟にお参りしにいった。
ところが、
帰而病、忽発狂作囈言云、還我鬍鬚。
帰りて病み、たちまち発狂して囈言(うんげん)を作し、「我が鬍鬚(こ・しゅ)を還せ」と云えり。
帰ってきてから寝付いてしまい、そして突然おかしくなって、うわごとを言い始めた。
「わしの、ひげを、かえせ、かえせ、わしの、ひげを、かえせ、かえせ」
と言うのである。
ちなみに「鬍」(こ)も「鬚」(しゅ)もあごひげです。
不絶于口、莫解其言。
口に絶せざるも、その言を解くなし。
金杏はずっとそのコトバを繰り返して止まらない。しかし、いったい何のことか、誰にもわからないのである。
困っているところへ、当日、奥さまのカゴを担いで行った輿夫(かごかき)がやってきた。
「そういやあ、あの日、奥さまが長老さまと奧のお堂に上がられたあと・・・
見前殿有塑像、鬚甚長、金杏戯挽其鬚。
前殿に塑像の有りて、鬚甚だ長きを見て、金杏戯れにその鬚を挽く。
手前のお堂に粘土像がありましてね、そいつのあごひげがあんまり長いので、金杏ちゃんはふざけてそのひげを引っ張ったんでさあ。
そしたら、
随手脱去。
手に随いて脱去せり。
「ひっぱったら、抜けたのよ」
と言って、コロコロと笑っていたんです。
あっしは、
「ホトケさんの眷属のお像だ、いたずらしたらよくねえことがあるかもしれねえぜ」
と教えてやったんだがなあ」
「それだ!」
早速お寺に観に行くと、像のヒゲが抜けていた。
主母許以重装、病乃癒。
主母、以て重装を許すに、病すなわち癒ゆ。
奥さまが早速職人を呼んでヒゲを付け直させたところ、金杏の病気はすぐ治ったのでありました。
ヒゲでよかったですね。「髪の毛を返せ!」だと洒落にならないひともいたかも・・・。
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「履園叢話」巻十五より。休みが続くとココロが穏やかになって、肝冷斎もこんなたわいもねえ話をすることもあるってことでさあ。おれたち教養も思想も政治的意見も無い「輿夫」のコトバが「輿論」として未来を予言したりするので、旦那方もおれたちのコトバに気をつけなさるといいぜ。