「おいらたちの村に案内するでぶー」と旅の姫ぎみを案内するイノシシ(ぶたの一種)であった。
洞穴の中には曜日などありませんので明日も休みだ。知識にもならず教訓も無い、純粋な娯楽サスペンス作品を読みます。
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清の時代のことでございます。甘粛の張佩青とその友人王元堂が、それぞれ従者一人づつを連れて四人で旅をしていた際、
猪嘴鎮(ぶたの口町)
というところを通りかかった。
この日はちょうどこの町に、おえら方がおつきの者数十人を連れてご宿泊するというので、
大小店住宿倶満、惟西口一小鋪尚有空房三間。
大小の店、住宿ともに満ち、ただ西口の一小鋪になお空房三間有りのみなり。
大きなところも小さなところも、長期・短期の宿屋はすべて満室で、ただ町の西口にある小さな店にだけ、あと三部屋空きがある、という状態であった。
「泊めてくれんか」
と頼んだところ、
云素有怪、不敢招人。
云うに、「もとより怪有りて、あえて人を招かざるなり」と。
店の方で言うには、
「この部屋には実は・・・以前からいろいろ怪しいことが起こると言われておりまして・・・。お客さまは泊めていないのです」
「そこをなんとか」
と頼み込んで、二人はここに泊まることにした。
―――深夜、
四人倶熟睡、忽訇然一声。
四人ともに熟睡するに、訇然(こうぜん)として一声あり。
「訇」(こう)は「大きな音」。
四人とも熟睡していたところ、突然「どかーん!」と大きな音がした。
「な、なんだ?」
元堂先驚醒、見有一物、高七八尺許、猪首人身、藍毛垢面、彳亍而来。
元堂まず驚醒し、一物の高さ七八尺ばかりにして猪首人身、藍毛垢面なるが彳亍(てきちょく)として来たる有るを見たり。
王元堂が目を覚まし、驚いて音のした方が見たところ、暗闇の中に、高さ2メートルを越える何ものかが動いている。びっくりして灯りを向けると、それは首から上はブタ、からだはニンゲン、青黒い毛が生え顔は垢で黒く汚れている、というイキモノであった。それが、よろよろとこちらの方に向かって歩いてくるのだ。
「うわーーーー」
一見大駭、恍如夢魘。
一見して大いに駭(おどろ)き、恍として夢に魘するがごとし。
王元堂は一目みて大いにびっくりして、半ば意識を失ってしまい、それからあとは悪夢にうなされているかのようにぼんやりしていた。
「ど、どうした?」
佩青亦驚覚、大声呼僕、皆不応。
佩青また驚きて覚め、大声にて僕を呼ぶに、みな応ぜず。
張佩青も次いで目を覚まし、そいつを見て、
「うわーーーー」
と驚いて大声で従者を呼んだが、従者は二人とも答えなかった。
店主人聞之、亦驚起視之。
店主人これを聞き、また驚き起きてこれを視たり。
その家の主人も声を聞きつけて飛び起きて来て、そいつを見た。
「うわーーーー」
主人も驚いて叫び声をあげた。
三人とも茫然として身動きもできないでいるうちに、夜が明けてきて、気づいたときにはもうそいつの姿は見えなくなっていた。
三人が同時に見たまぼろしだったのであろうか。
しかし、朝になってわかったのだが、
一僕死矣。
一僕死せり。
従者のうち一人は死んでいたのである。
ああ、
不知何怪也。
何の怪なるやを知らず。
いったい何の妖怪であったのだろうか。さっぱりわからない。
なお、張佩青は後に乾隆辛丑年に進士になられた方で、王元同も地方試験に受かって挙人となっており、いずれも信頼に足る人物である。
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「履園叢話」十六より。ぶー、「何の妖怪かわからない」と言っていますが、ぶたの妖怪に決まっているではありませんか。ぶっぶー。