ずっと寝ていて出てきたばかりでは、まだゲコゲコと歌うわけにはいかないであろう。
やっと火曜日終わり。今日は眠かったなあ。毎日ごろごろ寝て、ときどき「うはうは」と歌をうたったりして暮らしたいものである。
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宋の初めごろのお話です。
とある家に子どもがいたんですが、この子ども、
数歳未能言。
数歳いまだ言うあたわず。
少し成長しても、まだコトバを発することができなかった。
ある日のこと、
家人抱登楼、誤触其首。
家人抱きて楼に登り、過ちてその首に触る。
家のひとが抱いて数階建ての建物に昇ったとき、誤ってその子どもの頭を「ぼこん」と物にぶつけてしまった。
すると、
「うき―――!」
忽便言。
たちまちすなわち言う。
子どもは突然、コトバを話しはじめた。
さらに
「ああ、どうせコトバを使うなら、美しい詩にしたいものでちゅなあ」
とまで言い出した。
家人驚謂曰汝既能言、能吟詩乎。曰能。
家人驚いて謂いて曰く「汝すでによく言う、よく詩を吟ずるか」と。曰く「能くす」と。
家のひとは驚いて言った。
「おまえはやっと話しはじめた、というのに、もう詩をうたうことができるのかい?」
子どもは答えた。
「もちろん」
そこで
遂令吟楼詩、応声吟曰。
ついに楼の詩を吟じせしむに、声に応じて吟じて曰う。
「たかどの」の詩をうたってみよ、と命じてみると、子どもは「あい」と、その命令の声の終わらないうちにうたいはじめた。
危楼高百尺、 危楼、高さ百尺、
手可摘星辰。 手にて星辰を摘むべし。
不敢高声語、 あえて高声に語らず、
恐驚天上人。 恐るらくは天上のひとを驚かさん。
危険なほど高いこのたかどの、少なくとも三十メートル以上はありそうでちゅ。
この楼の上からは、星やその他の天体を、手でつまむこともできるだろう。
ここでは大きな声をあげてはいけないぞ、
すぐそこの雲の上に暮らす天上びとたちを驚かしてしまうといけないから。
と、うたって、
「うっしっしー」
と笑ったのだそうでございます。
この子どもは、楊億、字・大年といいまして、童子科にあげられ、太宗皇帝や真宗皇帝に可愛がられて、
後爲天下文章宗生。
後、天下文章の宗生たり。
大人になってからは、「天下の文章の第一人者」と呼ばれるようになった。
のでございます。
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「澠水燕談録」より(「事実類苑」巻三十五所収)。おいらもアタマに「ぼこん」と触れていただくと、もう少しハタラいたりするのかも知れません。もうムリだと思いますが。