平成29年5月27日(土) 目次へ 前回に戻る
ここにニンゲンがいたらどうなるんだろうか。憎い憎いニンゲンが。
なにか役に立つ話をしようと思います。
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鹿畏貙、貙畏虎、虎畏羆。
鹿は貙(ちゅ)を畏れ、貙は虎を畏れ、虎は羆(ひ)を畏る。
「貙」(ちゅ)は「説文解字」にいわく、
似狸、能捕獣祭天。
狸に似て、よく獣を捕りて天を祭る。
ネコに似たドウブツで、ほかのケモノを捕まえて、それを以て天を祀る習性がある。
と。
とりあえず「ヤマネコ」と訳しておきます。
「羆」(ひ)はいまではヒグマのことですが、本来はすごく強いドウブツが「熊」で、それよりも強いのが「羆」であったので、クマのことだったわけではないそうなんです。どんなドウブツを当てはめたらいいのかわからないのでクマります。ここでは一応「ヒグマ」と訳しておきます。
シカはヤマネコを恐れ、ヤマネコやトラを恐れ、トラはヒグマを恐れる。
羆之状、被髪人立、絶有力而甚害人焉。
羆の状は被髪して人立し、絶して力有りて、甚だ人を害すなり。
ヒグマというやつは、ぼさぼさ髪をしてニンゲンのように二本足で立つ。すさまじい力があり、ニンゲンを害することはなはだしい。
さて。
長江中流の楚の地方よりさらに南に、猟師がおりました。この猟師には特技があって、
能吹竹為百獣之音。
よく竹を吹きて百獣の音を為す。
竹笛を使って、何種類ものドウブツの声真似をすることができた。
あるとき、この猟師が、弓矢と竹笛と火種の入った器を持って、夜の狩りをしに山に入った。
御承知のようにシカというドウブツは鳴いて友を求める習性がございます。よって外国と友好を深めるための建物が「鹿鳴館」と名づけられるわけですが、この猟師は、竹笛を吹いて、
爲鹿鳴以感其類、伺其至、火而射之。
鹿鳴を為して以てその類を感ぜしめ、その至るを伺いて火してこれを射んとす。
シカの鳴き声の真似をして、同類をおびきよせ、それがやってくるのを見計らって、火をともして弓で矢を射てシカを捕らえようとしたのである。
シカのように「ひー、ひー」と竹笛を吹いた。
ところが、シカが集まってくる前に、
貙聞其鹿也、趨而至。
貙その鹿なるを聞きて、趨りて至れり。
ヤマネコがそれを聞いて「エモノのシカがいるでニャいか」と駆け寄ってきたのだ。
「うひゃあ」
其人恐、因為虎而駭之。
その人恐れて、因りて虎を為してこれを駭かす。
猟師はヤマネコがコワいので、トラの声を出してびびらせようとした。
「うおおん、うおおおん。」
「ニャ、ニャンと、トラがいるではニャいか、これはマズイでニャー」
貙走而虎至。
貙走りて、虎至る。
ヤマネコは逃げて行った・・・のですが、今度は、トラが、自分の仲間がいるのだと思って近寄ってきたのです。
「うひゃあ」
愈恐、則又為羆、虎亦亡去。
いよいよ恐れ、すなわちまた羆を為せば、虎また亡(に)げ去れり。
もっとコワいのが来たので、今度は「ぐごごご」とヒグマの声を出した。これを聞いてトラは逃げ出した。
そして、
羆聞而求其類、至則人也。捽搏挽裂而食之。
羆聞きてその類を求めて至ればすなわち人なり。捽搏(そつばく)し、挽き裂きてこれを食らう。
「捽」(そつ)は「頭の髪を摑む」こと。
ヒグマはその声を聴いて、仲間がいるのだと思ってやってきた。
ところがそこにいたのはニンゲンである。
「なんだクマー!」
ヒグマはそのひとの頭をひっつかんで、ぼかんとなぐり、それからびりびりと引き裂いて食ってしまった。
むしゃむしゃむしゃ。
今夫不善内而恃外者、未有不為羆之食也。
いま、かの内を善くせずして外を恃む者は、いまだ羆の食らうところと為らずんばあらざるなり。
つまり、内面を向上させずに外面だけを飾っているやつらは、ヒグマに食われないではいられない、ということなんですなあ。
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唐・柳宗元「羆説」(「柳河東集」巻十六所収)。四年前にも同じ話してるみたいですが自分で忘れているんだからみなさんも忘れてくれていることでしょう。
確かに変に知恵に頼っているとこんなことになってしまうと思われます。出会い系バーに行って変な言い訳をしない方がいいのである。
しかしこの猟師についていえば、それではどうすればよかったのか。他にどうしようもなかったように思われますが、そんな特技なんか持たなければよかったのであろうか。