冬眠ばかりしているクマだが、↓のようにいいことをすることもあるらしいのである。
帰ってきました。だが、来週のことを思えば心は重い・・・。
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むかしむかし、インド・・・と言いましても大乗仏教のころですから、だいぶん北の方、カシミールの話でありましょう。
一人の木こりがおりました。山に入って作業しているうちに雪が降ってきました。
帰ろうとしたときにはもう吹雪である。道は雪に埋もれてどちらがどちらかわからない。日も暮れて来て、寒さは強まり、凍え死にそうになってきた。
即前入一蒙密林中、乃見一羆。
即ち前みて一蒙密林中に入るに、すなわち一羆を見る。
そこで意を決して進んでみると、こんもりと木の茂ったところに入った。すると、目の前にヒグマがいたのであった。
その毛色は紺青、目は篝火のごとくらんらんと輝いていた。
「うひゃあ」
木こりはいよいよここで死ぬのかと恐怖に震えた。
ところが、ヒグマは木こりが恐怖に震えているのを見ると、
汝今勿怖。父母於子或有異心、吾今於汝終無悪意。
なんじ、今怖くること勿れ。父母の子におけるや或いは異心有らんも、吾今汝においてついに悪意無からん。
「キミ、そんなに恐れる必要はないお。父母でさえその子に対して悪意を持つことがあるかも知れないが、おいらはキミに対して絶対に悪意を持つことはないのだお」
と、優しげに言ったのであった。
そして、ヒグマは木こりを洞穴に連れて行き、
温燸其身、令蘇息已、取諸根果、勧随所食。
その身を温燸(おんじゅ)し、蘇息せしめ已(おわ)りて、諸根果を取りて勧めて食らうところに随わしむ。
木こりの体を温めてやって、生き返らせたあと、いろんな木の根や木の実を取り出して、好きなだけ食べるように言った。
外は激しい吹雪である。ヒグマは木こりがさむがるので、温まるように抱いて寝てくれた。
次の日も吹雪は止まなかった。
その次の日も、その次の日も、吹雪は止まなかった。
ようやく七日目に空は晴れ上がった。
木こりが家に帰りたいと言ったところ、ヒグマは
「おーけーだお」
と言いまして、
復取甘果飽而餞之、送至林外、慇懃告別。
また甘果を取りて飽かしめてこれに餞(はなむ)けし、送りて林外に至りて、慇懃(おんごん)に告別す。
また甘い果実を取り出して、腹いっぱいに食わせた上に土産に持たせた。林の外まで送って、ねんごろに別れのコトバを述べたのであった。
「それでは元気で暮らすといいお。こちらの方に行けば、村に降りる道にたどりつくお」
人跪謝曰、何以報。
人、跪(ひざま)づきて謝して曰く、「何を以て報いん」。
木こりはヒグマの前にひざまづいて感謝し、「ヒグマさまにはどうやって御恩をお返しすればよろしいのでしょうか」と訊ねた。
ヒグマさまはにこにこ笑いながらおっしゃった。
我今不須余報、但如比日我護汝身、汝於我命、亦願如是。
我いま余の報を須(もと)めず、ただ比日われ汝の身を護りしごとく、汝も我が命においてまたかくのごとからんを願うなり。
「おいらは別に何のお返しもいらないお。ただ、毎日おいらがキミが凍えないように守ったように、キミもおいらの命を大切にしてくれることを願うばかりだお」
其人敬諾、担樵下山。
その人敬い諾し、担樵して下山す。
木こりは、「つつしんでそのようにいたします」と誓って、それから木こり道具を担いで山を下った。
どんどん山を下りてまいりましたところ、
逢二猟師。問曰、山中見何虫獣。
二猟師に逢う。問いて曰く、「山中に何の虫獣を見るや」と。
向こうから二人の猟師がやってきた。彼らは木こりを見つけると、「この山の中になにか獲物になるようなドウブツはいるかね?」と訊ねてきた。
「ぐふふふ、獲物になるようなドウブツかい?」
木こりの目が陰湿に光った。
樵人答曰、我亦不見余獣、唯見一羆。
樵人答えて曰く、「我また余獣を見ず、ただ一羆を見るのみ」。
木こりは答えて、「ヒグマが一頭いましたな。ほかには大したドウブツはいなかったね。ぐふふふ」と言ったのであった。
猟師たちは言った、
「そのヒグマのところまで案内してもらえるかね?」
木こりは言った、
若能与三分の二、吾当示汝。
もしよく三分の二を与うなれば、吾まさに汝に示すべし。
「ぐふふふ、もしそいつの肉のうち三分の二をおれの取り分に呉れるなら、おまえさんたちを案内してやろう」
猟師はその条件を飲んだので、木こりは引き返して猟師たちを案内した。
やがて林の中でヒグマを見つけ、猟師たちは激しく闘ってヒグマを倒した。
分肉為三。
肉を分じて三と為す。
その場でヒグマを解体し、その肉を三つに分けた。
「さあ、二つを取りなされ」
「ぐふふふ、約束どおりいただくぜ」
樵人両手欲取羆肉、双臂倶落。
樵人両手に羆肉を取らんとするに、双臂ともに落つ。
木こりが両手にヒグマの肉を持った瞬間、木こりの両腕は、二本ともぽろりと地面に落ちたのである。
それは数珠をつないだ紐が切れてぽろりと珠が落ちるように、あるいはレンコンを抜いたときに先だけがぽきりと折れるように、たやすく落ちたのであった。
「うひゃあ、これはどうしたことだ、おれはなんと不幸なのだ」
「ど、どうしたのだ!」
猟師たちもびっくりして、何か原因があるのか訊ねると、木こりは
「もしかしたら、おれがこのヒグマを裏切ったからかも知れない・・・」
と畏れおののきながら一部始終を話したのである。
それを聞いた猟師たちは、その恩知らずの行為に憤然として、
汝身何不糜爛。
汝の身、何ぞ糜爛せざる。
「どうしておまえの体中が、腐り落ちてしまわないのか!」
と叱りつけたのであった。
・・・猟師たちはヒグマの肉をすべて集めるとこれを麓の村のお寺(「僧伽藍」)に寄進した。
長老の僧はこの肉を見て、ただちに
知是与一切衆生作利楽者、大菩薩肉。
これ一切衆生のために利楽を作す者、大菩薩の肉なりと知る。
「これは一切の衆生のために利益と楽しみを与えてくださる、大菩薩さまのお肉じゃ!」と知った。
そのことをほかの僧侶たちにも告げたため、
「大菩薩さまじゃと!」
衆聞驚歎、共取香薪、焚焼其肉、収其余骨、起卒塔婆、礼拝供養。
衆聞きて驚き歎き、ともに香薪を取りてその肉を焚焼し、その余骨を収めて、卒塔婆を起こし、礼拝供養せり。
みな、それを聞いて驚き歎き、ともに香りのよい薪木を持ち寄って、お肉をお焼きして、燃え残ったお骨を収めた塔を建て、それを拝み、供物をささげたのであった。
こうしてヒグマは次の生へと進んだのでありますが、それにしてもこの木こりの因業なことよ。
如是悪業、待相続、或度相続、方受其果。
かくのごときの悪業、相続を待ち、あるいは相続に度(わた)りて、まさにその果を受けん。
これほどの悪いカルマは、次の生にまで持ち越し、あるいはさらに次の生にまでも、その結果としての苦しみを受けることになるであろう。
なむなむ。
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どっとおはらい。「大毘婆沙論」百十四より(実は「正法眼蔵」(十二巻本)第八「三時業」から孫引き)。
長々とツラいお話をお聞きいただきありがとうございました。
さて、このように来世のことも心配しなければならないわれらなのである。来週のシゴトのことなんかで悩んでいる時間は無いはずなのだ。速やかに自らを経済活動の無い状態にし、一心にいろいろ祈らなければならない、というのに、何をやっているのであろうか、わたしは。みなさんもだけどね。