教へおきて入りにし月のなかりせば西に心をいかでかけまし(※) 肥後(新古今切出歌)
生きていた。あと二日ぐらいはなんとかなるか。しかしあと二日が限界だろう。
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むかしむかしのことでございます。
有鱉。遭遇枯旱、湖澤干竭、不能自致有食之地。
鱉有り。枯旱に遭遇し、湖澤干竭して、自ら食有るの地に致るあたわず。
あるところにすっぽんがおりました。
ある年、日照りが続き、湖も沢も干からび尽して、すっぽんはもう自分では食べ物のある場所にたどりつくことができなくなってしまった。
そのとき、
有大鵠、集住其辺。鱉従求哀、乞相済度。
大鵠有りて、その辺に集住せり。鱉、従いて哀を求め、相済度せんことを乞う。
近くに白鳥がいたので、すっぽんはその白鳥に憐れみを求め、どこかまだ水の残っている水辺に連れて行ってくれと頼んだ。
「おっけーで、ガッガー」
と
鵠啄銜之、飛過都邑上。
鵠、これを啄銜して、都邑上を飛びて過ぐ。
気のいい白鳥は了解して、くちばしですっぽんをくわえると、飛び上がって、都の上を通過した。
見下ろすと、都大路をたくさんのひとびとが行き来している。
鱉不黙声、問此何等、如是不止、鵠便応之。
鱉、声を黙せず、これ何等ぞ、かくのごとく止まざる、と問い、鵠すなわちこれに応ぜんとす。
すっぽんは黙っていることができず、
「なんじゃなんじゃ、あれは。なんであんなに立ち止まることも無く動き続けているのじゃ?」
と質問した。
気のいい白鳥は
「あれはニンゲンでガッガー」
と答えようとした。
応之口開、鱉乃堕地。
これに応ぜんとして口開するに、鱉すなわち地に堕つ。
・・・と、答えようとして口を開いたので、カメはくちばしから滑り落ちて、はるか地上に落ちてしまった。
どすん。
かなり高いところから落ちたが、それでもすっぽんは、甲羅はひび割れたものの何とか生きてうごめいていた。しかし、
「なんだなんだ、すっぽんか」
「どこから降ってきたのかしらね」
「まだ動いていまちゅがねー、美味そうでちゅねー」
人得屠裂食之。
人得て、屠裂してこれを食せり。
ニンゲンどもが集まって来て、その甲羅をはぎとり、ばらばらにしてみんなで食ってしまった。
ああ。
夫人愚頑無慮、不謹口舌、其譬如是也。
それ、人の愚頑無慮にして口舌を謹まず、それ譬うればかくの如きなり。
おろかでかたくななひとが、コトバを慎まないのは、このすっぽんのようなものである。
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今日は灌仏会なので、ほとけさまのお言葉から引用しました。「旧雑譬喩経」より。
しかしこの悲劇は、すっぽんがおろかなせいではないのだ。鈍重で世間知らずな者が滅ぶのは、すべて宿命なのだ。しかたないのだ。
※教えをのこしておいて、西方の山のかなたに沈んでいかれたおつきさま(お釈迦さまをいう)よ。あなたさまがおられなければ、どうして西方浄土への往生を願うということを学ぶことができただろうか。ああすべてあなたが教えてくれたのだ。 ・・・というような歌です。
ちなみに、
美しき花を捧げるシッタータきみにも遠き恋はありしか (肝冷斎ぎぎのすけ)