まだ初蝶は見ていないなあ。
人生における郷里ともいえる「休日」に憩っていたのに、もう明日からツラい「平日」に旅立たねばならぬ。
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郷里の江南を離れて、洛陽に上るときのうた。作者の陸機(字・子衡)は敗戦国である呉の貴族で、それが戦勝国の魏の朝廷に仕えに行くのであるから、かなりイヤだっただろうと思います。
―――そろそろ行かないと・・・。
手綱を取って長い道のりについた。
嗚咽して親しいひとたちと別れた。
借問子何之。 借問す、子はいずくに之(ゆ)くぞ。
世網嬰我身。 世網、我が身に嬰(まつ)われり。
「お聞きしたいが、おまえさんはどこに行くのかな?」
「世間の網がおいらにまつわりついて、それに捕らえられたんです」
永歎遵北渚、 永く歎きて北渚に遵(したが)い、
遺思結南岸。 思いを遺して南岸に結ぶ。
長江の北の渚にわたってきて、ためいきをついてしばらくぶらぶらした。
心は長江の南の岸に結び付けて、遺してきたままなのだ。
そうしててもしようがないので、さらに北に向けて進む。
行行遂已遠、 行き行きて遂にすでに遠く、
野途曠無人。 野途は曠として人無し。
ずいぶん進んで、もう故郷はかなり遠くなった。
原野の道ははるばるとして、誰一人の姿も見えない。
だんだんと内陸に入ってまいりました。山やさわは曲がりくねり、林や茂みは奥深い。
―――うおおん。
虎嘯深谷底、 虎は深谷の底に嘯き、
雉鳴高樹巓。 雉は高樹の巓(いただき)に鳴く。
トラが深い谷の底でながながと吼えている。
キジは高い木の上できいきいと鳴いている。
日が暮れてまいりました。
哀風中夜流、 哀風は中夜を流れ、
孤獣更我前。 孤獣は我が前を更(す)ぐ。
さびしげな風が夜になって吹き始めた。
群れからはぐれたのか、孤独なケモノがおいらの視界を横切っていく。
「孤獣」は幻視された作者の分身なのだろう。どこからか来て、闇の中に消えていったのだ。
悲情触物感、 悲しき情は物に触れて感じ、
沈思欝纏綿。 沈める思いは欝として纏綿たり。
悲しいキモチは、何を見聞きしても湧いてくる。
思いは沈み込んで、うつうつとまといついてはなれない。
ああ。
佇立望故郷、 佇立して故郷を望めば、
顧影凄自憐。 影を顧みて凄として自ら憐れむのみ。
立ち止まってふるさとの方を眺めるのだが、
まず見えるのは自分の影。さびしくって、自分で影をなぐさめるばかりだ。
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魏・陸機「赴洛道中作」(洛に赴くの道中の作)その一(「文選」巻二十六より)。
おいらもともと生まれは風の国イーサ。この桃郷のひとたち(←シゴト関係の)コワいから、そろそろ帰郷したいかも。
地虫出づふさぎの虫に後れつつ (相生垣瓜人)