でかいアタマ割れたらどうしよう。
まだ水曜日。まだ平日が二日も。そしてたとえ休日まで耐え抜いても、来週もまた平日が来る。山中に隠棲していないひとはたいへんでしょうね。
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もう逃げ出しますか。
さて、段翳、字・元章は後漢の代、新都の人である。
易を学んで予知の能力あり、近所の渡し場があったが、そこの渡し守にいつも「○月○日の何の刻に××という、年の頃いくつぐらいの若者が渡し船で来るだろうから、わたしの家に案内してくれ」と言っておくと、まさにその日その時にそのような若者が船に乗って渡ってくる。
そうすると渡し守は
「段先生のお宅はこちらへ行くのじゃよ」
と案内してやるのであった。若者らはみな、「先生に何の連絡をとったわけでもないのにどうしてわかっていたのだろう」と首をひねった。
逆に段翳から予告の無かった者から「段先生のお宅を教えてくれ」と言われても、渡し守は
「そんな人知りませんのう」
と教えず、そのひとは途方にくれて帰っていくのであった。
さて、そうやって先生のもとを訪れた若者の一人、何年も学問して、だいたい易理を知ることができたと考えた。
―――この学問を使ってはやく立身し、親を安心させたいものだ。
と思うようになり、ついに先生のもとを脱け出して実家に帰ることにした。
若者は、ある朝、誰にも気づかれぬように荷物をまとめ、書置きをして、郷里からつきしたがってきた従者一人を連れて先生の邸宅を脱け出したのだった。
朝まだきの道を歩いていると、従者が何やら筒を持っているのに気付いた。
「その筒はなんだね」
と問うと、従者曰く、
「へへへ、こいつは、段先生が数日前にあっしのところに来やして、「おまえは間もなく旅に出ることになるだろう。
有急発視之。
急有ればこれを発(ひら)き視よ。
何かたいへんなことが起こったら、この筒を開けてみなさい」
とおっしゃって下さったものですだよ」
と。
「先生が?」
もしかして気づかれていたのであろうか・・・。
ともやもや思いながら渡し場までやってきて、舟に乗ろうとするのだが、渡し守は
「今日はまだ方角が悪いから舟は出せない。昼まで待ってくれ」
と舟を出そうとしない。
従者が業を煮やして、
「いいから早く舟を出せ」
と渡し守に詰め寄ったので、渡し守もアタマに来た。
「ださないと言ったら出さないのじゃ」
「いや、出せ」
「うるさい、出さない。おまえなんかこうだ」
津吏檛破従者頭。
津吏、従者の頭を檛破(たは)せり。
渡し守は、従者を棒でぶん殴った。従者の頭蓋骨はぱっくりと割れたのである。
「檛」(タ)は「つえ」あるいは「杖などで打つこと」。
「うひゃあ」
頭蓋骨が割れて、血と脳漿が噴出し、従者はぶっ倒れてしまった。
「あわわ、けがをさせるつもりは無かったのだが・・・」
と渡し守も大慌てである。
ぶっ倒れた従者の手には、段先生からもらったという筒が握られている。
「そうだ・・・」
若者は先生から言われたという言葉を思い出し、その筒を取り上げて蓋を開けてみた。
中からは一枚の紙切れと、軟膏の入った陶器の入れ物が出てきた。
紙切れには先生の手蹟で、
頭破者以此膏裹之。
頭破者はこの膏を以てこれを裹(つつ)め。
頭がぱっくり割れたやつがいたら、この軟膏を塗りつけて、包帯で巻け。
と書いてある。
生用其言、創者即癒。
生、その言を用うるに、創者すなわち癒ゆ。
若者はその言葉のとおりにした。すると傷ついた従者はたちまち意識を取り戻し、しばらくして包帯をとると、もとのとおり頭蓋骨が引っ付いていた。
「ああ、なんということであろうか。わたしは間違っていたのだ」
若者は自分がこれまでに学んだことは、まだ段先生の学問のほんの一部に過ぎないことを知り、ただちに先生の館に戻って、再び学問にはげむことにしたという。
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うーん、逃げ切れませんでしたね。「後漢書」巻112「方術伝」上より「段翳伝」。