カメの不思議。
今日も寒い。釜に入って茹でてもらったらあったまるかも。
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五代のころ、安徽・池州(今の貴池県)に楊氏という鮓(魚のスシ)を商う者があった。
その家で、ある日、
烹鯉魚十頭、令児守之。
鯉魚十頭を烹、児をしてこれを守らしむ。
コイを十匹、釜で煮て、子どもに見張らせておいたのであった。
ぐつぐつと煮えたかと思うころ、子どもは
忽聞釜中乞命者数四。
忽ち釜中に命を乞う者数四なるを聞けり。
突然、釜の中から「救けてくださいよう、救けてくださいよう」と命乞いする言葉を、二度三度、四度と聞いた。
「うひゃー、これはヘンでちゅよー!」
児驚懼、走告其親。
児、驚き懼れ、走りてその親に告ぐ。
子どもはびっくり仰天、飛んで行ってオヤジに「あわわ、かくかくちかぢか」と起こったことを告げた。
「ほんとうか」
とオヤジは子どもを連れて釜を観に行ったが、
釜中無復一魚、求之不得。
釜中にまた一魚無く、これを求むれども得ず。
釜の中には一匹の魚もおらず、あちこち探してみたがどこに行ったかわからないのであった。
オヤジはネコか何かに奪われたのを子どもが誤魔化そうとしたのだと解して、
「あれほど見張っておけと言ったであろう」
と、ぽかんと子どもの頭を叩いて叱ったが、
「ほんとにコイが「救けてくだちゃい」と言っていたんでちゅよー、ほんとでちゅよー、ほんとなんだって」
と子どもはうるさく反論し、オヤジはさらに怒ったりして、ついに子どもが泣きだして「うるさい」と殴ったりしてめんどうな一日となった。
さて、それから一年―――
そんな事件はもうみんな忘れていたのだが、ある日、
所畜犬恒窺戸限下而吠。
畜わうところの犬、恒に戸限の下を窺いて吠ゆ。
家で飼っているイヌが、どういうわけか入口の戸袋の下を覗いて吠え続けるのである。
そんなことが数日続いたので、家人ら不思議に思い、
撤戸覗之。
戸を撤してこれを覗く。
戸を取り除けて戸袋の中を検めてみた。
すると、
得亀十頭。
亀十頭を得たり。
カメが十匹出てきたのであった。
オヤジは
去年鯉魚。
去年の鯉魚ならん。
「去年いなくなったコイがこれだろう」
と納得して、子どもに謝った。
そして、
送之水中。家亦無恙。
これを水中に送る。家また恙(つつが)無かりき。
カメたちを川に放してやり、その後、この家は以前にも益して仲良く過ごした。
ということである。
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五代・徐鉉「稽神録」より(「太平廣記」巻472所収)。
釜で煮ると、コイがカメになるんですなあ。