「ブタの皮をかぶった英雄もいるでぶう」
うわー、ほんとに明日の夜はもう月曜日の前日。来るよ来るよー、月曜日が来るよー、誰か止めてくだちゃいー。
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で、昨日の続きです。
ある年、
献賊入寇。
献賊入寇す。
「献賊」とは、明末にチャイナ各地に起こった農民反乱のうち、張献忠に率いられた一派、あるいは張献忠そのひとのことを指す。
張献忠を頭目とする流賊が成都に入ってきた。
そのとき、狗皮道士は、人民たちが逃げるのと逆方向に流賊の方に向かって、
突至賊馬数十歩、大作犬吠声。
賊馬に突至すること数十歩にして、大いに犬の吠え声を作す。
張献忠の親衛騎馬隊の前、数十歩のところまで突入して、大きな声でイヌの鳴き声をあげたのであった。
「なんだ、こいつは」
献賊怒、令群賊策馬逐殺之、道士故徐徐行。賊数策馬、馬不前。
献賊怒り、群賊をして策馬してこれを逐い殺さしめんとするに、道士ことさらに徐徐に行く。賊しばしば馬に策(むちう)つも、馬前(すす)まず。
張献忠は怒って、手下の騎馬隊に「馬にむちをくれて、あいつを踏み殺してしまえ」と命じた。
「お安い御用でさあ!」
と手下どもは追いかけようとした―――が、馬が前に進まないのである。
道士は
「ほれ、どうした、ほれ」
とわざとゆっくり歩いて行くのだが、手下どもは何度も馬に鞭を当てるのだが、進まないのだ。
「なにをやっとる!」
張献忠はさらに怒り甚だしく、今度は
令飛矢射之、如雨、皆不中。
飛矢をしてこれを射さしむるに、雨の如きもみな中らず。
弓矢隊に命じて道士を射させた。矢は雨のように降り注いだが、道士には当たらない。
「むむむ・・・」
以為妖、親策馬射之。
以て妖と為し、みずから馬に策ちてこれを射る。
「こいつは妖怪じゃ。成敗してやる!」
と自ら馬に鞭を当てて前に進み、矢を射た。
どかん。
当たりました。
しかし、
中其首不入、矢還中賊馬、馬斃。献賊大駭、乃已。
その首に中るも入らず、矢は還って賊馬に中り、馬斃る。献賊大いに駭(おどろ)きて、すなわち已む。
道士の頭に当たったのに、矢は突き刺さることなく、跳ね返ってきた。跳ねかえって張の馬にあたり、馬が倒れてしまった。
「うひゃー」
張献忠大いに驚き、それ以上追いかけるのを止めたのであった。
道士はゆっくりと歩いてその場を去って行った。この間に多くの人民たちが避難することができたのである。
・・・その後。
張献忠は成都の城内に居座り、翌年の元旦には流賊たちに百官を与え、自らは成都の内城の正殿前の広場で即位の儀式を執り行おうとした。
その儀式の真っ最中のこと。
何重にも警護されているはずの広場に、
忽見道士披狗皮、列班行、執笏作犬吠声。
たちまち道士の狗皮を披(き)、列班して行き、笏を執りて犬の吠え声を作すを見る。
突如として、イヌの皮を身にまとった一隊の道士たちが出現したのであった。
彼らは何列かになって、笏を手に持ち、みなイヌの鳴き声をあげながら歩いてきた。
「くせものじゃ!」
張献忠大いに怒り、これを捕らえさせようとしたが、
道士乃大作犬吠声、盈庭如数千百犬争吠状、声徹四外。
道士すなわち大いに犬吠の声を作せば、庭に盈(み)ちて数千百の犬の争い吠える状の如く、声は四外に徹す。
道士たちは、一段と大きな声でイヌの鳴き声をあげた。すると、まるで内城いっぱいに数百、数千の犬が満ち満ちて争い吠えあっているかのように聞こえ、その声は外城にまで響き渡ったのである。
合城之犬、聞声従而和吠之、声震天地。
合城の犬、声を聞き従いてこれに和吠し、声天地を震わす。
城内の犬という犬すべて、この声を聞いてあわせて吠え出し、その声は天地を震動させるほどであった。
こうなっては張献忠の指示も聞こえず、
献賊大驚而退。
献賊大いに驚きて退く。
流賊たちは大混乱に陥って、成都の城内から逃げ出してしまった。
既退、犬声息、道士亦不知何往。
既に退きて、犬の声息(や)むに、道士またいずれに往けるやを知らず。
賊たちが退散したあとで、ようやく犬たちの声も止んだが、そのときにはもう犬の皮を着た道士たちの姿はどこにも見当たらなかった。
一人ではなかったんですなあ。
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さて―――編者・張潮謹んで言う。
人皮者不能吠賊、狗皮者反能之。可以人而不如狗乎。
人の皮の者は賊に吠えるあたわざるも、狗の皮の者かえってこれをよくす。人を以て狗に如かずとすべけんや。
人の皮をかぶった者、すなわちふつうの人(みなさんも、ですよ)は権力に対して抵抗の声さえ挙げられなかったのに、犬の皮をかぶった者はそれをしたのである。ニンゲンはイヌ以下である、ということなのであろうか。
ニンゲンは天安門で戦車を止めることはできなかったが、狗皮道士は騎馬隊を止めたのである。
犬の皮を着ているなど、古代ギリシアの「犬儒派」を思い出させるところがありますが、狗皮道士のほうが行動力があったようですね。
生きている閧ヘ、アンティステネスよ、あなたはまさしく犬、
口ではなく言葉によって、人びとの胸に咬みつくように生まれついていた犬であった。
(ディオゲネス「ギリシア哲学者列伝」(加来彰俊訳)より)
文章としましては、まるで映画のワンシーンを観るみたいに展開の速い引き締まった文章で、著者が相当の手練れであることが明らかである。