ぎっぎっぎー!
こんにちはー!
久しぶりで彼岸から帰ってまいりました肝冷斎です。ずっと押入れの中で寝て暮らしておりましたが、昨日、肝稗道人めにたたき起こされましたのじゃ。
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彼岸との間はみなさんが御想像するよりはたやすく往復できるものですが、人間には「行ってしまって帰ってこれない」ところもあるのでございます。
湖南から広西の異民族地帯に入るとき、通らねばならないのが「鬼門関」である。「鬼門関」は人間が設けた関所ではなく、漳江の溪谷に沿って断崖を縫っていく険峻な道の途中の、難所のことだ。いにしえより言い習わして、
鬼門関十人去九不還、日暮黒雲霾合風蕭条。(←軽く対句になってまちゅ)
鬼門関、十人去るも九還らず、日暮れて黒く、雲霾合(ばいごう)し、風蕭条たり。
鬼門関から広西へ、十人行って九人は帰らぬ。日の光も射さないところは暗く、雲がたれこめ合い、風は物寂しく吹く。
蒼鼯啼而鬼鏁合、天雞啼而蛇霧開。(←これは立派な対句になってまちゅ)
蒼鼯(そうご)啼きては鬼鏁(きさ)合し、天雞啼きては蛇霧(じゃむ)開く。
青黒いムササビが啼けば精霊の扉は閉じられ、この世のものならぬキジが鳴けばヘビたちが吐き出した毒霧がようやく晴れる。
と謳われた昼なお暗い狭隘な峡谷である。
その「鬼門関」といわれる難所を通り過ぎてすぐに、道のかたわらに誰の目にも触れるように
有一大石甕。
一の大いなる石甕有り。
大きな石製のカメが一つある。
その中が覗き込めるようになっているのだが、そこには
有骷骸骨五色腸、皆石乳凝化。
骷(こ)したる骸骨、五色の腸、みな石乳に凝化せる有り。
乾ききった骸骨と五色にいろづいた内臓が入っているのだ。それらはすべて石化してかたまっている。
そして、
大書四字其上、曰詩人鮓甕。見者毛骨森森。
その上に四字を大書して、曰く「詩人鮓甕」と。見る者、毛骨森森(しんしん)たり。
カメの表面には四文字が大書してあった。すなわち「詩人ズシのガメ」と。それを見た者は、あまりの不気味さに毛は逆立ち骨まで怖気だつのであった。
「鮓」(さく)は魚類を開いてコメなどをはさみ、これを発酵させたいわゆる「なれずし」のことで、この石が人間のなれずしのように見える、ということで「詩人鮓」というようです。ここではとにかく「スシ」と訳しておきます。
この石化した骸骨と内臓の「スシ」は、たしかにいずれかの詩人のなれのはてなのかも知れない。
唐宋詩人謫此而死者踵相接也。
唐宋の詩人、ここに謫せられて死する者、きびすを相接す。
唐から宋にかけて、多くの詩人が前のひとのかかとにつま先が引っ付くぐらい次々と、ここを通って広西の蛮地に流されて行き、その地で死んでいったのである。
例えば、宋の黄魯直(庭堅)はここを通り過ぎるとき、
人鮓甕中危万死、鬼門関外更千岑。(←またまた対句になってまちゅ)
人鮓甕の中、危にして万死、鬼門関の外、さらに千岑。
人間ズシの甕のあたりはあまりに危うくて一万回も死にそうであり、鬼門関より向こうにはさらに千もの嶺が広がっている。
と謳ったし、
唐の沈佺期は
昔伝漳江路、今到鬼門関。(←これもでちゅ)
此去無人老、遷流幾客還。
昔に伝う漳江(しょうこう)の路、今ぞ到る鬼門関。
ここを去りては人の老いること無からん、遷流して幾客か還りし。
以前から広西に入る漳江沿いの道の険しさは聞いていたが、今その道に向かって鬼門関を通り過ぎる。
ここから先へ行けば誰もが不老長生し、仙人になれるらしい。―――だって、誰もここから帰ってこないのはそんな素晴らしい土地だからだろう。
と謳い、しかし二人とも結局生きて帰ってくることは無かったのである。
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「人間寿司」。その猟奇的な響きにどきどきしますね。それにして沈佺期の詩句、「誰も帰ってこないのは、すばらしい土地だからに違いない」と言いながら「鬼門関」を通り過ぎて行くのは、涙を誘いますのう。
明・鄺露「赤雅」巻二より。鄺露(こう・ろ)、字・湛若は南海のひと、金陵(南京)に出てその郷里の西南辺境の山川、風物を紹介するために書いたのがこの書である。その内容は、現地出身のひとの著述にしては、唐・宋以来の伝説を交えてかなりロマンチシズムに満ち満ちたものとなっておりましてオモシロい。
それにしても肝稗道人め、わしの現在の姿を見て「うわあ!」と驚いて逃げ出しおって。六本脚、黒光りする羽と頭には長いヒゲをつけた現在のかっこいい「人間虫」(体長1.5メートル前後。ヒゲを入れると2メートルを超すよ!)となった姿に恐れ入ったとは、所詮その程度の小心者であったのじゃ。「人間寿司」もかっこいいけど、「人間虫」の方がもぞもぞしてかっこいいよー。
わしは今日も羽の根元をこすり合わせ、ぎ、ぎ、ぎ、と心地よい音を奏でる。ムシは会社に行かなくてもいいので明日も何時まで寝ててもいいし。