←ツラい世間の風の中に向かって、吼える。
今週もまた始まってしまった。なんとか現実から逃避しなければ・・・。
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唐の元和年間(806〜820)のことだそうですが、蘇湛という人、あるとき食糧を持って蓬鵲山という山に入った。
帰宅してその女房に向かっていうに
我行山中、覩倒巌有光如鏡。必霊境也。明日将投之、今与卿訣。
我山中を行き、倒巌の光、鏡の如きもの有るを覩(み)る。必ずや霊境なり。明日まさにこれに投せんとすれば、今卿と訣(わか)れん。
「わしは山中で、空中に突き出た大きな岩を見つけた。その岩は鏡が反射しているように光を発していたのだ。あそこは必ず神聖な世界への入口であろう。わしは、明日もう一度山中に入り、あそこから「あちら側」へ行ってしまおうと思う。おまえともお別れじゃなあ」
女房は「なにばかげたこと言ってるんだね」と思ったかも知れんが、蘇湛が真剣な顏つきで言うので、
妻子号泣。
妻子号泣す。
女房子どもは大いに泣き叫んだ。
そして
止之不得、及明遂行。
これを止めるも得ず、明に及びて遂に行く。
蘇湛を引きとめたのだが、引きとめることができず、湛は夜が明けると出かけて行った。
女房はなかなかしっかり者であったので、「これは何か怪しいね・・・」と、頭分の下男を連れてひそかに蘇湛の跡をつけたのであった。
入山数十里、遥望巌有白光。円明径丈。
山に入ること数十里、はるかに巌の白光有るを望む。円明にして径丈あり。
山中に入って数十里(一シナ里=600mぐらい)も行くと、はるかかなたに巨大な岩が見えてきた。岩には白い光がある。丸く、ぴかぴかと光り、その直径は一丈(2m弱)もあろうか。
「あれかね」
女房は下男頭に語りかけた。
「そのようですな」
その彼らのずっと前の方を、蘇湛はひょいひょいと進んで行く。まるで、ナニモノかに呼ばれるように・・・。
蘇湛逼之、纔及其光、長叫一声。
蘇湛これに逼り、わずかにその光に及ばんとするに、長叫すること一声。
蘇湛は岩に近づき、もう少しでその光のところにたどりつこうとした・・・、とその時、
ぎゃあああああああああああああああああ!
蘇湛はすさまじい叫び声をあげたのであった。
「どうしたのだね?」
「行ってみましょう」
女房らが急いで駆け付けると、
身如繭矣。
身、繭の如し。
蘇湛の体は、繭のようなもので覆われてしまっていた。
「なんだよ、これ・・・」
「おくさま、あそこを!」
見上げると、
有黒蜘蛛、大如鈷莽、走集巌上。
黒蜘蛛の、大いさ鈷莽(こもう)の如きものありて、走りて巌上に集まれり。
「鈷莽」(コモウ。正確には「莽」には金へんがつく)は、「熨」(ひのし)のこと。現物はそこらへんの歴史民俗資料館に行って「むかしの暮らし」コーナーで「むかしのアイロン」を探してみてください。柄の先に鉄の籠状のモノが付き、ここに炭火を入れて、アイロンのように着物類の上からこすると「しわの無いように熨(の)す」ことができる。この籠状になっている部分のことを言っているのだと思いますので、直径十数センチぐらいものなのであろう。
「ひのし」ほどもあろうかという、大きさ十数センチの巨大な黒蜘蛛が、岩の表面に群れ集まっているのである。
その蜘蛛たちの群れが糸を吐き出して、蘇湛を絡め取り、吊り挙げようとしていたのだ。
「くそ、こいつらめ」
奴、以利刀決其網、方断。
奴、利刀を以てその網を決し、まさに断つ。
下男頭はぎとぎとの刀を取り出して蘇湛を絡めとっている蜘蛛の網を切り払った。
どすん。
蘇湛は地面に落ちた。
「あんた、しっかりしなよ!」
女房、抱き上げようとして・・・・・、止めた。
蘇已脳陥而死。
蘇、すでに脳陥して死せり。
蘇湛は、すでに頭に穴を開けられて、そこから脳みそを吸い出されてしまっていて、死んでいたのである。
黒蜘蛛どもはこの間に岩陰に入り込んでしまっていたが、蘇湛が目指した光を見上げると、岩肌に蜘蛛の糸をびっしりと吐きつけて「鏡」のように光を反射させているのであった。
「このままにしてはおけないねえ」
女房は蘇湛の死骸を山から降ろすとともに、下男たちを指揮して麓から薪木と油を運ばせ、
積柴焼其岩。
柴を積みてその岩を焼く。
岩の下に薪木を積み上げて、火をつけ、岩全体を火焔で焼いた。
三日にわたって焼き続けたところ、、
臭満一山。
臭、一山に満ちたり。
生きものの焼けるイヤな臭いが、山中に広がった。
という。
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黒クモ、コワいですねー(これほどではないが)。この女房もなかなかのものだから、蘇湛が現実から逃げようとした気持ちもわからんではないが・・・。おいらも山中に光を放つものあれば「霊境ならん」と行ってしまうことでしょう。それぐらい「こちら側」はもう魅力ない。あと四日も平日だし・・・。みなさんもそうでしょう?