平成26年3月18日(月)  目次へ  前回に戻る

 

昨日は更新をさぼって春を迎えに行っておりましたので、今日は関東地方春一番が吹いた。ようやく春になったのはわしが出迎えに行ったからだが、そのことを知る者がどれほどあろうか。

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阮氏越南国の初め、世祖・嘉隆帝の即位(1802)の前後に勢威を揮った左軍元帥・黎文悦というひとがおった。。

黎文悦は、その旗の征くところ、賊軍みな闘わずして壊滅した、という威名のあった将軍であるが、

嘗夜臥、侍者見一白虎行室中、懼不敢声。

嘗て夜臥すに、侍者一白虎の室中を行くを見、懼れてあえて声せず。

ある晩、元帥が眠っている寝室の中を白いトラがのそのそ歩きまわっているのを、近侍の者が見たことがあった。近侍の者は、おそろしくて声を出すこともできなかった。

そのうち、

俄而公覚。

俄かにして公覚む。

前触れもなく、元帥が目を覚ました。

とたんに、

虎即不見。

虎、すなわち見えずなりぬ。

トラはもう見えなくなっていた。

さて、元帥はもう一度寝まして、

晨起散髪黙坐、以手拠案。是日有斬戮。

晨起し散髪して黙坐し、手を以て案に拠る。この日斬戮有り。

朝になって起きると、髪も整えずに黙って座り、机に手を置いてもたれかかっていた。それからおもむろに兵士らに命じて、捕虜の大虐殺を行ったのである。

その後も、近侍の者が夜中、白虎を見るたびに、次の日に大虐殺が行われたのであった。

トラだったんですね。

ある時、軍を率いて某山を過ぎたとき、そこに虎が出て人を喰らうということを耳にした。

「一度ひとを喰らったトラは、放っておけばまた人を喰うてしまうものじゃ」

命じてトラの棲むという山の三方に兵を置き、もう一面に

迎地方諸神位守之、曰煩諸兄相助、無縦暴畜為民災。

地方諸神位を迎えてこれを守り、曰く、「諸兄の相助を煩わして、暴畜をほしいままにして民の災いを為さざらしめん」と。

この付近の土地神たちの神牌を集めて来てこれを並べ置き、

「みんなのお助けをいただいて、あばれもののケダモノに好き勝手に人民のわざわいを為すことを止めさせたいのじゃ」

と言うた。

しばらくすると、魂も震えるような咆哮とともにトラが崖上に現れた。

兵士らが身構えていると、

虎狂奔、若有駆之者、遂就擒。

虎は狂奔し、これを駆る者の有るがごとくして、ついに擒に就けり。

トラは勝手に狂ったように走り回った。まるで、兵士のいない一面から目に見えないナニモノかに追い立てられるようにあちらに転がり落ち、こちらに飛び降りて、やがて大人しくなって兵士らに捕らえられたのであった。

トラが生け捕りになると元帥は

居常養虎為玩。

居常に虎を養いて玩と為す。

トラを自分の側に置いて飼いならし、ペットにした。

かわいいペットちゃんにちたのでありまちゅ。

ある日のこと、このトラちゃんが

脱圏出、蹲於庭。

圏を脱けて出で、庭に蹲まれり。

檻を脱け出して、庭にうずくまっていたことがあったのでちた。

元帥はそれに気づくと、慌ても騒ぎもせずに

虎出。

虎出づ。

「トラが檻から出ておるな」

と呟いた。

すると、

軍士在門外聞之、越牆入、争先扼虎、復擒之、納圏中、寂然無声。

軍士門外に在りてこれを聞き、牆を越えて入りて、先を争いて虎を扼し、またこれを擒えて圏中に納る。寂然として声無し。

門外にあった兵士がこの「つぶやき」を聞いただけで、土塀を越えてぞろぞろと庭に入り、先を争ってトラを動けなくし、捕らえて再び檻の中に入れた。この間、兵士らは一声も発することはなかった。

軍規の厳しく、士心を掌握していること、かくのごとくであったのだ。

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阮鼎臣「喝東書異」より。

日曜日からベトナム国首席が国賓として来日しておられるそうですので、今日はベトナムのお話をしてみました。

この黎文悦、死後もいろいろ霊威をふるったということであるが、それはまた別のお話にいたしましょう。

 

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