明日また出勤すんの?肝冷斎さんはしばらく休んだ方が・・・。無理やりに出勤するとかなり危険だと思いますよー。
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ある藩で起こったことだそうである。
藩主がお国許に帰られたとき、
夜食に蕎麦を大食して、同食の差合い故にや、大食傷忽腹脹仕(←大いに食傷し忽ち腹脹れつかまつり、と読むと思われる)、間もなく悶絶す。
夜食にソバを大食いし、同じものばかり食べすぎたせいであろうか、消化不良を起こしてハラがとにかく膨張して苦しい状態となり、そのまま気絶してしまった。
針・灸・薬などを試してみたが気を取り戻さない。
ついに呼吸も弱り、医師ら手を尽くしたがどうしようもなくなってしまった。
―――ソバの食べ過ぎでこうなったとは武門の名折れ。
―――江戸表にどう報告すべきか。
と重臣たちがひそひそ囁き合うまでになった。
そのとき、ある家臣曰く、
「例の男を呼んでみてはどうか」
と。例の男とは、家中の山に一人住む隠者で、いろんな知恵を持っているという噂であった。
「われらにはもはや尽くす手もない。呼んでみようではないか」
と一決して、連れてくることにした。
その男、相当な年配と見てとれたが、歩行など若侍よりしっかりした様子で山中から降りて来た。
藩主の様子を聞くと、
「なるほど、されば―――」
と指図するに、
昨夜の通りにして蕎麦を出し玉へ。
「昨夜作ったとおりにソバを作りなされ」
「昨夜のとおり、ですか・・・」
昨夜、藩主はすごい量を食べたのである。とにかくそのすごい量の蕎麦が作られて持ってこられると、その男は、
「むう。こんなに食ったのか・・・。これは大したものじゃ」
と感心しながら、
其の蕎麦を無理に国主の口に入るヽに、忽ち吐あつて昨夜滞りし蕎麦、其の外のもの迄吐き出し玉ひぬれば、其跡へ正気散ぐらいの軽き剤に少し加減して一二服進めければ、早速全快に及び玉ひしとなん。
そのソバを無理やり気絶している藩主の口に押し込んだ。ぐいぐい押しこんでいると、
「ぐふっ」
と藩主がこれを吐き出し、それに続けて、夕べから詰まっていたソバ、さらにそれ以外のものまで吐き出しなさったのであった。
そこで、そのあと、気持ちをさわやかにする「正気散」という簡単な粉薬をぬるま湯でうすめて一、二杯飲ませたところ、すぐに全快なさったのであった。
思うに、これは医術というより頓智というものに近いのではなかろうか。
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と、石上宣続「卯花園漫録」巻二に書いてあった。
大食いは危険であるが、肝冷斎に会社に行かせるのも危険である。