慣例斎ですじゃ。がんばって更新。
・・・・・・・・・・・・・・・・・
唐末、宣州節度使として江南の宣城に拠った李遇のもとに、朱従本という将軍がおりまして、李遇の信頼篤く、軍政のことを委ねられていた。
この従本の家の馬小屋には馬のほかに猿が飼われておったが、ある晩、厩番が夜中に馬たちに飼葉を与えようとしたところ、
見一物如驢、黒而毛。
一物の驢の如く、黒くして毛あるを見る。
馬小屋の中に、ロバのような、黒くて毛むくじゃらのモノが蠢いているのが見えた。
「?」
よくよく見つめるに、そのモノ、
手足皆如人、據地而食此猴。
手足みな人の如く、地に拠りてこの猴を食らう。
手足は人間のようなのである。地面に座り込んで、例の猿を食っているのだ。
「なにものじゃ!」
厩番が灯りを向けると、そのモノ、
見人乃去。
人を見て、すなわち去る。
一瞬、ひとの方を振り向いたかと見るなり、飛ぶように去ってしまった。
「出会え! 出会え!」
厩番、人を呼びながらそのモノのいたところに近づいてみると、
猴已食其半。
猴、すでにその半ばを食らわる。
猿は半分食われて捨てられていた。
活きたまま食われていたらしく、まだそのときは内臓から湯気が出ており、まぶたを小刻みに震えさせながら力無く厩番を見上げていたのだそうであるとか何とか。
さてさて。
明年、遇族誅。
明年、遇、族誅さる。
その翌年、李遇は(朝廷の命を受けたほかの節度使に攻められ)一族もろとも皆殺しにされた。
のであった。
宣城の古老が言うには、
郡中常有此怪、毎軍城有変、此物輙出。出則満城皆臭。
郡中つねにこの怪有り、軍城に変有るごとに、この物すなわち出づ。出づればすなわち満城みな臭えり。
この町にはいつもこの怪物がおりますのじゃ。そして、戦争に巻き込まれたり支配者が交代する直前には、必ず人前に現れます。現れたときは、町中いったいにおかしな臭いがたちこめますので、わかりますのじゃ。
と。
いったいどういうモノなのであろうか。「怪」だというが、生きた猿を食らったことからみると、一般の生物にも思えるのである。しかしこのような生物がいるのであろうか。
・・・・・・・・・・・・・・・・・
わあ、コワいですね。五代(宋)・徐鉉「稽神録」より(「太平廣記」巻366所収)。
このようなモノが現実に居るとは思えませんが、居るとしたらひとの心の中に居るのかも。でもよくよく考えるに、「軍城の変ある」ごとにいつも出るのですから「慣例」になっているわけです。慣例ならいいか。汚染水だって漏れ続いているうちにまあいいような気がしてきたし。
なお、「馬小屋に猿」というのも東アジアでは慣例になっています。なぜそうなるか、多くのひとが考証していますが今日は省略。慣例ならまあいいや、と納得して、慣例斎は寝ます。