唐の時代、黎幹というひとが京兆の尹(首都・長安の施政長官)をしていたときのことだ。
雨がなかなか降らないというので、曲江の川べりで雨乞い祀りが行われることとなった。尹みずから参列することでより霊験あらたかになるという先例であったので、黎余は供を連れ、馬に騎って出かけたのである。
曲江に近づいたところ、
独有老人、植杖不避。
ひとり老人有り、杖を植して避けず。
道の真ん中に老人が一人立っている。ついている杖が土中に植えられているかのように動かず、長官の黎幹が来ても、道を避けようともしないのだ。
もとより黎幹はおとこ気を以て名高いひとであったから、その様子に気を昂らせ、供の者たちを使わずに、自ら
「非礼であろう」
と
怒杖之。
怒りてこれを杖す。
怒鳴って老人に向かって棒を振り下ろした。
ばん!
如撃輓革、掉臂而去。
輓革を撃つが如く、臂を掉(あ)げて去れり。
まるで馬と車をつなぐ革紐を打ったような音がした。老人は片肘をあげて黎の杖を受け止めたのである。そして、鋭い目で黎を睨み据えると、そのまま立ち去ってしまった。
―――ただものではない。
黎は不気味に思い、邏卒に命じて老人の後をつけさせた。
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老人は長安郊外の蘭陵の館に至ると、その家の小さな門を開けさせて、
我困辱甚、可具湯也。
我、困辱はなはだし、湯を具うべし。
「わしは今日ずいぶんひどい目に遇うた。湯を沸かしてくれ」
と言いながら入って行ったのであった。
・・・その報告を聞いた黎幹はますます畏怖を感じ、すぐに粗末な服に着替えると、邏卒の案内でその家に至った。
すでに日は暮れていたが、黎は門前で自らの官職と名を名乗り、主人への面会を請うた。
しばらくすると言葉も無く扉が開いたので、黎は
趨入拝伏曰、向迷丈人物色、罪当十死。
趨入して拝伏して曰く、「向(さき)に丈人の物色に迷い、罪十死に当たれり」と。
庭に走りこみ、転がり込むように平伏して、
「さきほどは御主人の外見により真実を見ぬくことができず、十度死なねばならぬほどの罪を犯してしまいました。どうぞお許しくだされい」
と言上したのであった。
居室にいた老人は
「長官どの、ここまでお見えになられたか」
と、じろりと黎を見据えてから、部屋にあがるように手招いた。
黎曰く、
「わたくしはかたじけなくも帝より京兆の長官を仰せつかっております。その威厳を犯されれば、それはわたくし個人の問題ではなく、唐帝国全体の問題なのでございます。このため御老人が街中に紛れこんだたいへんなジンブツであられるのを見ぬくことができず、大変な罪を為してしまったのでございます。
若以此罪人、是釣人以名、則非義士之心也。
もしここを以て人を罪せんとならば、これ、人を名を以て釣るなり、すなわち義士の心に非ざらん。
もしも、このことでわたくしに罰を与えようとお考えなら、それは外見で人を欺き、釣り上げたようなものではございませんか。正義を愛するオトコのやることではございませんぞ!」
と。
老人これを聞いて、はじめて顏をほころばせ、
老夫、過也。
老夫、過てり。
「わかった。この年よりが間違っておったわい。ははは」
と笑ったのであった。
そして家人に命じて酒と食事を用意させて歓待した。
談話は深夜に及び、老人は長生の術などについても語って、大いに打ち解けた。
やがてたいへん機嫌良さそうになった老人は、
老夫有一技、請為尹設。
老夫に一技有り、請う、尹のために設けん。
「この年寄りには一つ芸がござる。長官どのにご覧いただきたい」
と言い出し、しばらく別室に入り込んで何やら準備していたが、やがて、紫の服に朱色の嚢を背負って現れた。嚢の中には
盛長剣七口。
長剣七口を盛る。
長い剣が七振り、入れられていた。
老人は中庭に降りて軽やかに舞い、七本の剣を次々に空中に投げ上げ、落ちてきたものを手にして振るい、突き、また投げ上げ、落ちてきたものを手にし、まるで光を棒に、いなずまをそこからほとばしらせるかのように素早く操った。
あるいは横に振れば、まるで絹布を引き裂くかのように空気が鳴った。
その剣先を交わらせると、ほんとうに火花が散り、一瞬の間、昼間のように明るくなった。
それらに目を奪われているうちに、老人の手にはいつの間にか短剣が二振りあった。老人は黎と目を合わせるとにやりと笑い、
時時及黎之鬚。
時々に黎の鬚に及ぶ。
(長剣を操るその間に)しばしば黎のあごひげの近くまでその短剣を延ばしてきた。
「お、おゆるしくだされ!」
黎叩頭不已。
黎、叩頭やまず。
黎は頭を床に叩きつけて許しを請うた。
と、ぱらぱらと七本の長剣が地面に落ち、突き刺さった。それらは、
如北斗状。
北斗の状の如し。
北斗七星の形に並んでいたのである。
「おお・・・」
すでに老人の手には短剣も無かった。老人、すました顏で、
「いま、長官どのの根性のすわりかたを試したんじゃよ」
と言う。
黎は庭に駈け下り、跪いて、
今日已後性命、丈人所賜。乞供役左右。
今日已後の性命は丈人の賜うところなり、乞う、左右に供役せん。
「たったいま、わたしは死にました。今日以後のわたくしの命は御老人が下すったものでございます。どうぞ、このまま下僕にしてお側に仕えさせてくだされ」
と懇願したが、老人は
「うははは」
と笑いて曰く、
「今のところ、長官どのには仙人の気が無い。いまだにわかに授けることはできぬようじゃ」
そうして、家人を呼ぶと、黎を官舎まで送らせたのであった。
・・・・さて、家に帰った黎は
気色如病。鏡方覚鬚剥落寸余。
気色病めるが如し。鏡みるにまさに覚ゆ、鬚の剥落すること寸余なるを。
まわりの者が「顔色が悪うございます」と言うので、鏡を見てみたところ、はじめてあごひげが5センチぐらい切取られていたことに気づいた。
翌日復往、室已空矣。
翌日また往くも、室すでに空なり。
次の日、また老人を訪ねて行ったが、家はすでに空っぽになっていた。
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唐・段成式「剣侠伝」より「蘭陵老人伝」。「これはまずいかも」と気づいてからの黎幹の態度が勉強になります・・・ね。