平成23年7月14日(木)  目次へ  前回に戻る

 

これで二日も野球観に行ってない。だんだん弱ってきました。これでは御恩に報じることもできず、もうしごとはできますまい。(しかし、しごとの相棒のST氏の方が先に弱っていくかも・・・。22時を過ぎて新しい仕事を申し付ける大上司がいるのですよ)

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南唐の揚州総督であった呉堯卿の家に雇われていた男、ある日、これまでの恩に報じるため、と称して、大きさ数升もある巨大な桃核(桃の種)を持ってきた。

男は

「これを、どうぞ、だんなさまに・・・」

と言い置いてふらりといなくなり、以降その姿を見かけることはなかった。

呉堯卿は権力への欲望だけで生きているような男であったが、この桃の種が異様なものであると気づき、きれいに磨き、削って食べてみた。

少し食べると気分がさわやかになってきた。

さらに食べるとはらわたが透き通ってくるように感じた。

どんどん食べると血のめぐりがよくなり、体中が透き通ってくるように感じた。

ついに食べつくすころには、こころもからだも軽くなり、試みに地面を軽く蹴ると、数尺(1〜2メートル)も浮き上がり、なかなか地面に降り立たないほどになった。

さて―――

その後、呉堯卿は大臣となり、富を貪り権力をほしいままにして政敵を残虐に葬った。やがて彼に対する怨嗟の声高まって、ついに畢師鑰(ひつ・しやく)がクーデタを起こす。

畢師鑰の軍に囲まれた呉堯卿は、

投所居後閣井中死。

居るところの後閣の井中に投じて死す。

屋敷の裏側の井戸の中に飛び込んで死んでしまった。

反乱軍の兵士らはそれに気づかず、呉堯卿の死を確認できない。

業を煮やした畢師鑰は

求得類堯卿者殺之。

堯卿に類する者を求め得てこれを殺す。

堯卿に似た人物を探し出し、このひとを殺した。

そして天下に「呉堯卿はもはや死んだ」と公表したのである。

後に堯卿の使用人の生き残りが、焼け跡になっていた屋敷跡地に立ち帰り、裏の井戸からそっと堯卿の死体を引き上げて手あつく葬ろうとした。

取而得之、挙体皆腐壊。而蔵府有成金者。

取りてこれを得るに、挙体みな腐壊す。而して蔵府みな金に成るものあり。

死体を引き上げてみたところ、体はもうぼろぼろに腐っていて原型もなかったが、内臓だけは黄金に変じて光り輝いていたのであった。

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といいます。「稽神録」(ただし「太平広記」巻410所収)より。

呉堯卿は政敵から蛇蝎のように嫌われた男であったが、「腹黒」ではなく「腹金」だった―――わけですね。

それにしてもサンケイが報じたkん総理の北朝鮮関係団体献金問題、ついに関西のテレビや週刊誌で扱われはじめたらしいですが、なおも腹にため込んで沈黙する東京キー局と朝日・読売・中日等大メディア。本当におそろしい。大メディアはこの間の戦争を煽ったことは「検閲」のせいにしましたが、今度は何のせいにするのかな?

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