だいぶん雨に降られてきました。おかげで肩こりが少し楽になった感じもします。ラドン温泉と同じ効果がある、はずですからね。
明日からしごとなのでもう寝ます。日曜の夜は、いつも夢さえ結ばない。・・・。
昨日の答え合わせだけしておきます。
ぐずぐずした天気を、
@ 尾張で一両日和(いちりょう・びより)
というのは、「鈍鈍」(にぶにぶ)しい天気だからです。「二分二分(にぶにぶ)」で合わせて「四分」(よんぶ)、江戸時代の貨幣価値では「四分」=「一両」なので。
わははー。
A 筑紫で一石日和(いっこく・びより)
というのは、「雨降るうごとある、ふるまいごとある」状態なので、「ごと」が二つある、「五斗」と「五斗」で「十斗」=「一石」(いっこく)だからだそうですよ。
うはうははー。
わしが言っているのではなくて、江戸時代の越谷吾山が言うているのですから、文句があったらそちらに言ってください。ちなみに江戸にも「一石橋」という橋があり、
「江戸砂子」に後藤氏の両家かの橋の前後の有 故に名付く と有。これ皆同日の談なり。
「江戸砂子」によると、
「後藤」という家が橋のこちら側とあちら側にあった。そこで「五斗」と「五斗」で「一石」じゃ、というてこの名がついた。
というのである。というのだそうである。これらはみな同じたぐいの話である。
ということですから、同じたぐいの話がたくさんあるようですぞ。
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越谷吾山「物類称呼」巻五より。
吾山は武蔵・越谷の名主の家のひとで、五十を過ぎて江戸へ出て俳諧の師匠となった。その弟子に滝沢馬琴があるが、吾山の俳諧は当時の文壇からはほとんど無視されていたのだという。
天明七年(1787)の暮れに卒した。
辞世にいう、
花と見し雪はきのふぞもとの水
雪を見て、あれは花かと想うていたのは昨日のこと、もうすべて元の水に戻った。
辞世としては理につきすぎているのだろう。