「・・・むむむ」
山の民と語る機会があった。
山の民らの言うところによれば、
「クマはなかなか里に降りて来たりはいたしませぬよ」
という。
「クマは賢いですからな。
熊於山中、行数千里、悉有潜伏所必在石ー枯木中。
熊の山中におけるや、行くこと数千里というとも、悉く潜伏所の必ず石ー(せきがん)・枯木中にある有り。
クマは山の中で、数千里(一里は550メートルぐらい)の距離を移動したとしても、必ず、岩窟や枯木のうろの中に潜伏するところを見出してそこに潜むものなのです」
「石ー」の「ー」(がん)は「岩」と同じ。
山民謂之、熊館。
山民これを熊館と謂う。
「これをわしら山の民は「クマのお屋敷」と呼んでおりますのじゃ。」
クマは山を知り尽くした神秘のドウブツなのだ。だから、彼らにとってクマ狩りは神聖な行為であり困難で、かつ楽しみな仕事でもあるのだそうだ。
彼らの中では、クマを何頭倒したか、が男としての値打ちに直結するのだそうである。
一方、彼らのいうところによれば、
「トラ? あれはダメダメ」
なのだそうである。
惟虎出百里外、則迷不知道路。
これ虎のみ百里外に出づれば、すなわち迷いて道路を知らず。
「トラの方は、百里ほどもねぐらを離れると、どうやって元の場所に戻ればいいのかわからなくなるのでございますからね」
だから、トラの方が迷って人里に出てきて悪さをするのだそうだ。
ニンゲンについても同じことであり、己れの行く道を知っている者はひとにメイワクをかけることはないのである。
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ひとにメイワクかけないように、とは思っているのですが、そんなにうまくいかないのですよね。宋・彭乗「墨客揮犀」巻九より。