「えー、しばらく体調を壊して休んでおったが、今日から講義を再開するぞよ」
と言いながら、漢嬰先生が話してくれましたことには・・・・
・・・・夏の桀王を倒して殷王朝を建てた、聖人・湯王のときのこと。
重要な会議や儀式を開催する宮中の中庭(これを「廷」といい、もともとは、朝、群臣が「廷」に集まって政務を行うのを「朝廷」というたのである)に、
穀生、三日而大拱。
穀生じ、三日にして大拱す。
雑木が生え、三日ほどで大きくなった。
「穀」は「五穀」の「穀」として使われるときは食用になる重要な植物ですが、「説文」では「楮なり」といい、古代では使いようの無い「悪木」を言うにも使われます。ここでは、後者の意と取ってみた。「拱」は「こまねく」で、手を袖の中に入れてしまう、とか、胸の前で両手を重ねたり両手の親指同士を合わせる、といった行為をいいますが、ここでは「爾雅」でいう「拱は執なり」すなわち両手で持つ、片手では持てない、の意で使われ、両手で無ければ抱えられないほどの大きさに成長したことを言う。
生えた場所、生長の速度から見て、これは普通の木ではない、と思われた。
そこで、湯王は賢者と名高い宰相の伊尹に問うた。
何物也。
何物なるや。
「これは何だと思うか」
伊尹答えて曰く、
穀樹也。
穀樹なり。
「雑木でしょうなあ」。
問う、
何為而生於此。
何すれぞここに生ずるや。
「どういうわけでこの「廷」の場に生じたのであろうか」
答える、
穀之出沢野物也、今生天子之庭、殆不吉也。
穀はこれ沢野に出づる物なり、今天子の庭に生ず、ほとんど不吉ならんか。
「雑木は普通、池のほとりとか原野に生えるものでございましょう。それが天子の朝廷を行う場に生えたのですからなあ、おそらく何か悪いことのしるしでしょうなあ」
にやにやしながら答えたのでしょう。
王はぶすーとして訊ねたでしょう、
奈何。
いかん。
「どうすればいいんじゃ?」
答える、
臣聞妖者禍之先、祥者福之先。見妖而為善、則禍不至。見祥而為不善、則福不臻。
臣聞く、「妖なるものは禍の先なり、祥なるものは福の先なり。妖を見て善を為せばすなわち禍至らず、祥を見て不善を為せばすなわち福臻(いた)らず」と。
「わたくしはこのように聞いておりますぞ。
あやかしはワザワイの起こる前兆である。きざしはサイワイの来る前兆である。しかし、あやかしがあっても善きことを為せばワザワイは来ないであろう。きざしがあっても不善を為せばサイワイは来ないであろう。
と」
そう言って、湯王をまじまじと見つめたので、湯王はさらにぶすーとしながらも「あいわかった」と返事した。
そして、王は斎戒沐浴し、静かなところに引っ込んで、朝は早く起き、日が暮れれば眠り、死する者があれば礼を尽くして弔い、病む者があれば礼を尽くして見舞い、過失を犯したものを赦し貧窮しているものを救済し、かくのごとくして七日、
穀亡。
穀亡ず。
雑木は枯れてしまった。
かくして、わざわい転じて福来たり、周王国はますます盛んになったのであった。
よいか、おまえたち、これこそ
畏天之威、于時保之。 ・・・・★
天の威を畏れ、時にこれを保つ。
天の威力はたいへんコワいのでこれを恐れ慎み、適切な時期に適切な行為をして天のご機嫌を保つのである。
ということなのじゃ。天の怒りを招かないようにしなければならんのじゃぞ。
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以上、「韓詩外伝」巻三第二章より。(説話の部分は「呂氏春秋」に出る)
わたくしどもはいつものように
「あいー、わかっておりまちゅるー」
といい子ぶってわかっているような返事をいたしましたので、先生は頷いておられました。
しかしながら、○理大臣が自ら天に唾するような軽い言葉を吐くのです、どうしてわたくしどもコドモが天の怒りを畏れることがありましょうか。
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ちなみに、★の句は、詩経の中でも最も古いうたの集まりであろうと見られる「周頌・清廟篇」(古典的な説では紀元前10世紀ごろの制作であるとされる)の一、「我将」(わしはおすすめする)という詩の中にある句である。
この古い詩は、周王が先祖を祀るときに巫女らが舞いを舞うた、その舞のときの歌であろう、と推定されています。以下、その神さびた儀式を想像しながら読んでみてください。
我将我享、 我は将(すす)め、我は享(ささ)ぐ、
維羊維牛、 これ羊、これ牛、
維天其右之。 ああ、天、それ、これを右(たす)けよ。
儀式刑文王之典、 文王の典に儀し式し刑し、
日靖四方。 日に四方を靖(やす)んず。
伊叚文王、 伊(か)の叚(おおい)なる文王、
既右饗之。 既に右(たす)けてこれを饗せり。
我其夙夜、 我、それ夙夜に、
畏天之威、 天の威を畏れ、
于時保之。 時にこれを保たん。
わたくしは(犠牲の肉を)おすすめし、わたくしはおささげする、
これはヒツジの肉でござる、これはウシの肉でござる、
(これらをささげますゆえに、)ああ、天よ、わしを、周王国を助けてくださりませい。
初代の王である文王さまのお決めになったしきたり(「典」)に従い、則り、形どおりに、
毎日、四方のたみくさや神々を安んじておりまする。
―――ここでおそらく神霊が下ってきたことを表す舞が行われる―――
あの、巨大なる文王さまは、
もう(天からおくだりになって)助けてくださっている、犠牲の肉を食べてくださっている。
わたくしは朝に晩に、
天の威力を恐れ慎み、
適切な時間に適切な儀式を行って、天のお助けを保つようにしております。