ギリシア神話においては、「霊魂」(プシュケ)は美しい少女で、蝶の羽を持つという。
澁澤龍彦大師はかつておっしゃっておられる。
「蝶のシンボリズムは、明らかにメタモルフォーシスに基礎を置いているらしい。繭は卵であり、暗黒の卵の中には存在の可能性が含まれており、繭を破り光を求め外へ出る虫は、復活のシンボルなのである。いわば一度死んで、ふたたび生き返って墓から出てゆくようなものだろう。」(「幻想博物誌」=毛虫と蝶)
ひとの魂というのは蝶の形をとることがあるらしいのである。
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閑話休題。
ところで、みなさんは、
鬼蛺蝶
という蝶をご存知ですかな。
「蛺」(きょう)は「蝶」が左右が対称になっている姿を現し、「蝶」(ちょう)は木の葉のようにひらひらしている姿を現す文字ですから、「蛺蝶」は「蝶」というに等しい。そして、「鬼」は「幽霊」のことですから、
ユウレイチョウ
とでも呼ぶべき蝶である。
この蝶、
大如扇、四翅共径六七寸。
大いさ扇の如く、四翅ともに径六七寸なり。
大きさは扇子の面ぐらいある。四つの羽はいずれもさしわたし20センチほどである。
という巨大さ。要するに羽を広げたときの幅が40センチもあるのである。
褐質間雑色晃然。
褐質間に雑色晃然たり。
地色は茶色であるが、ほかの色が混じってきらきらと輝く。
特に、
下両翅有翠点、尤光彩。
下両翅に翠点ありて、もっとも光彩あり。
後ろ羽の両側に青緑の美しい「目」があり、もっとも光輝いて美しい。
そうである。この「目」の直径も10センチぐらいあるのでしょう。
かなりキモチ悪いですね。
ライチの枝にいるのを好む、ということであるから、そういうところに行かなければこのバカでかい蝶に会わなくてすむわけなので、イヤなひとはライチの園には近づかないがよいであろう。
また、同種のものに
黒蛺蝶
というのがある。
クロユウレイチョウ
とでも呼ぶべきか。
この蝶も大きさ扇の如く、
翅墨黒、而有翠彩一行、特為鮮明。
翅は墨黒にして、翠彩一行あり、特に鮮明たり。
羽は真っ黒であるが、その中に青緑の線が一本入っており、それが特別に人の目に鮮やかである。
このでかいのはタチバナにいる毛虫が化すそうであるから、橘の側に行かなければこのでかいのにも会わなくてすむのである。
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二種の蝶のことは南宋・周去非の「嶺外代答」巻十に書かれていることです。
さしわたし40センチのチョウチョが目の玉ギラギラと出てきたら、それだけで「うひゃあ」とばかりにおいらもプシュケになってしまいそうではありませんか。夢といえばもとより悪夢しか知らぬおいらだが、今晩も変な夢を見そうである。