南宋のころのことです。
胡氏の家では家堂を広げようとして、中庭の朴の木が邪魔になり伐り倒すことにした。
一族総出で作業が始まり、斧を入れたところ、
がつん
と鈍い音がして、
剖其中、得陶甕。
その中を剖くに、陶甕を得たり。
幹の真ん中あたりから、陶器のカメが出てきたのであった。
「なんだなんだ」
一族の者みな集って観察してみるに、
可受三斗米、而皮節宛然。
三斗米を受くべく、皮節は宛然たり。
三斗の米を容れることができる大きさで、表面には木の皮や節の痕がはっきりと残っていた。
一斗は6.6リットル。
この木を伐ったのは、まずかったみたいである。この木は胡家の先祖が、何かを霊的に鎮めていた木だったようなのだ。
即日山魈見。
即日、山魈(さんしょう)見(あらわ)る。
その日のうちに、山の精霊といわれるおかしなものが姿を見せはじめた。
一族の者が何人か、裏庭で見かけたと言うのである。
小さな精霊で、普段は姿を見せず、物を盗んだり、置物を逆向きにしたり、食べ物に泥を入れたり、いろんな悪さをする。
胡家のひとびとはたまらなくなり、
有行者善誦竜樹呪、召使治之。
行者の善く竜樹の呪を誦する有り、召してこれを治めしむ。
悪いモノを鎮める竜樹菩薩の呪文を得意とする修道者を呼んで、精霊を鎮めることにした。
近くの道観(道教のお寺)にお願いしてしばらくすると、本山から派遣されたと言って、
「胡家はこちらですかな」
と、まだ若い、頼り無さそうな修道者が、童子をひとり従えてやってきました。
紹介状によれば、たいへんな能力を持つ修道者だということだ。
修道者は早速、低く呪文を唱えながら、
命童子観焉。
童子に命じて観せしむ。
助手の童子に命じて、精霊たちの動向を観察させた。
「あい。でちゅ」
童子は見鬼の能力を持つのであろう、庭の一点を見据えて、
「あ、いまちた! いまちたよー」
と声を上げた。
見人物皆長数寸。
人物のみな長数寸なるを見る。
「あいつら、だいたい数寸(15センチぐらい)の背丈でちゅね」
「どこに行くかよく見ておいてくださいよ」
そう言って修道者はやおら高らかに呪文を唱え始めた。
「あ、呪文が文字の形になって山の精霊のところに飛んで行きまちゅ」
為竜樹呪所逐、入婦人榻上、遂凭以語。
竜樹呪の逐うところとなり、婦人の榻上に入り、遂に凭(よ)りて以て語る。
「やつらは、竜樹菩薩の呪文に追われて、奥の女性部屋のベッドの上に逃げて行き、そこで凭(もた)れて何か囁きあっていまちゅ」
「む、しまった!」
修道者は読呪を止めた。
「竜樹菩薩の呪文はケガレたところでは力を発揮できないのです」
なんと。女の部屋はケガれているので、竜樹菩薩の呪文が効かない、というのだ。
「いやあ、これは困った。うーん、しようがないなあ・・・」
修道者は女部屋のベッドの回りに結界の縄を張った上で、胡氏の長老と相談し、ベッドの前に壇を設けた。
「精霊は結界の中に閉じ込めましたから、悪さはしません。その部屋はもう女のひとは使わないようにしてください。そして、壇の上にこのお札を置いて毎日お香を上げてください」
それから修道者は毎月胡家にやってきて、壇の周りを見回り、
「まだだなあ・・・」
と呟いては帰って行ったが、何度目かに来たとき、
「ああ、やっときれいになりましたね」
と言い、結界の縄を外すと、また童子に見守らせながら、竜樹呪を唱えた。
―――あ、呪文が今度は部屋に入って行きまちゅ!
―――あ、結界の中の精霊たちを呪文が殴りまちた!
―――ぼかん、ぼかんと殴っていまちゅ。
―――精霊たちが山の中に逃げていきまちゅ、呪文の勝ちでちゅ!
そこで修道者は誦呪を止めた。
「よし、これで終了です」
けだし、
擾擾半年乃定。
擾擾として半年、すなわち定まれり。
部屋がケガれていたので、呪文が効果を持つように清めるのに、半年の間大騒ぎしていたのである。
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山中の精霊そのものより、女のケガれの方がたいへんだったのですなあ、むかしは。
我が愛する稀代のストーリーテラー、宋・洪容斎先生の「夷堅乙志」巻第二より。何で木の中から甕が出てくるんでしょうね。こちらは類話?
明日出勤になったので悲しいです。休日も仕事の服を着ると服が足りなくなってくるのですし。