←おまえが代わりに・・・
林世璧、字は天瑞。明・萬暦の閩(福建)のひとである。
その祖父は大臣に至り康懿公の謚名を贈られたひとであったから、世璧は貴公子というべき人物であった。
ただ、幼少より病弱であったこと、そして
高才傲世。
高才にして世に傲(おご)る。
自らの才能を高しとして、世間を見下していた。
という性格から世と交わろうとしなかった。
しかしながら、その文才は
酔後揮洒、千言立就。
酔後に洒を揮い、千言たちどころに就(な)る。
酒に酔うた後、かえって厳粛な顔つきになって千文字の詩文を立ちどころに書き上げることができた。
・・・・・・・・「洒」(サイ)は「水を灌ぐ」の意ですが、ここはおそらく「セン」の音で「粛恭の貌」、礼記・玉藻にいう
君子之飲酒受一爵而色洒如也。
君子の飲酒は一爵を受けて色洒如たり。
君子の飲酒というのは、一杯目のさかずきを受けて飲んだところで、顔つきを恭しく恐縮したようにするものじゃ。
とある「洒」の意であろう。
かような才子であったのですが、あるとき福建の鼓山に登った。はるかに東海(東シナ海)を望み、白雲悠々と湧く景観を観て大いに心を伸びやかにし、詩を賦していう、
眼前滄海小、 眼前に滄海小なり、
衣上白雲多。 衣上に白雲多し。
まなこのかなたに蒼い海は小さく、
衣の上には白い雲が数限り無く纏わりつくぜ。
「うひゃひゃー、きもちいいー」
とよほど得意であったのであろう、
鼓掌狂笑、失足堕崖而死。
掌を鼓して狂笑し、足を失いて崖を堕ちて死す。
両手のひらをたたき合わせて大笑い。狂ったように笑っているうちに、足を滑らせて崖から落ちて死んでしまった。
年三十六。
年三十六なり。
このときなお三十六歳であった。
哀しいかな。
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こういうひともいた、ということです。もしかしたら背後から押したやつがいたのカモ知れませんが。
笑ってはいけません、というか笑っているような悪いコはいないでしょうね?
「列朝詩集小伝」より。本人には申し訳ないのですが、読書しておりますと、時折こういう奇妙?で印象的?なお話にぶち当たって「これよ、これこれ!これを待ってたのですう!」と興奮してしまうことがあります。ほかのひとには見つけられなかった宝物を「自分だけが」掘り出したような快感というか満足感を感じます。感じませんか。