「ひひひ、肝冷斎よ、いい情報があるのじゃが・・・」
とおっしゃるのは明のひと曹藎之である。
「ほう、どんな情報ですかな」
と言いながら、わしは曹藎之の手に小金を握らせた。
「毎度すまんことじゃな。なあに、本当だかどうだかわからない話だが、北斉の高洋の話だ」
「北斉の高洋というと、文宣帝(在位550〜560)のことですな。暴虐をほしいままにしたという・・・」
「そう、その文宣帝だが、あるとき寵愛していた薛貴嬪に声をかけたところ、貴嬪の方が少しぼんやりしていて答えなかったことがあったのだ」
「ほう」
・・・すると、文宣帝は激しく怒り、貴嬪を責め殺してしまった。(←詳細に記述しようかと思いましたが、自粛)
さらに宦官どもに庖丁を持ってこさせて、
支解之。
これを支解す。
貴嬪のまだ温かい死体を切り裂いて、ばらばらにしたのだ。
そして、
抱其股為琵琶弾之、復嘆曰、佳人難再得。
その股を抱いて琵琶と為し、これを弾じて、また嘆いて曰く、「佳人再び得難し」と。
その足を琵琶のように抱えると、これをバチで弾ずる手まねをし、悲しみ嘆く歌を歌った。
――おまえのように美しい女を、再びこの手に抱くことはできないだろう。
と。
・・・漢の武帝の時、楽師の李延年が帝に妹の李夫人を進めたことがあった。
帝は李夫人(このときは李氏)の美しさに見惚れながらも他の后妃のことを慮って逡巡した。
すると、延年は立ちあがり、舞いながら歌った。
その歌に曰く――
北方有佳人、 北方に佳人あり、
絶世而独立。 世を絶して独立す。
一顧傾人城、 ひとたび顧みすれば人の城を傾け、
再顧傾人国。 再び顧みすれば人の国を傾く。
寧不知傾城与傾国、 むしろ城を傾くると国を傾くるとは知らざれども、
佳人難再得。 佳人再び得難きかな。
北のほうに佳きひとが住んでいる。
世間のひとたちとは飛びはなれて、ひとりだけとりわけ美しい。
そのひとがひとたび振り向けば、そのひとを愛する者は夢中になって、彼の支配する都城は傾いてしまい、
そのひとがふたたび振り向けば、そのひとを愛する者はもっと夢中になって、彼の支配する国都は傾いてしまう、というほどの。
さて、本当に都城が傾いたり国都が傾いたりするかは知りませぬが、(※)
この佳きひとを今得なければ、二度とこれほどのひとを得ることが、かなわぬのは明らかなこと。
帝、嘆息して、曰く、「善し」(わかった)と。
と、漢書・外戚伝上にございます。
文宣帝は、足を抱えてその有名な歌の一節を歌ったのだ。
※「寧不知傾城与傾国」の句は、一般には「寧」を「なんぞ」と読んで
なんぞ傾城と傾国とを知らざらんと訓じ、
城を傾けたり国を傾けたりすることはよくよくあることで誰でも知っているけれど、
と解していると思いますし、それで何も困らないのですが、ここでは「寧」を「むしろ」と読んでみた。こちらの方がすっきりするような気がしま・・・せんか?
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曹藎之「舌華録」より。もとは「北史」あたりの記載だと思うが今日はめんどくさいので当りません。
「これはかなりおかしいひとですな」
「ひひひ、そうだろう」
「ひひひ、美しい妃の脚を、のう」
「ひひひ、真っ白な豊満なおみ足じゃ」
「ひひひ、それを真っ赤な鮮血の中で、のう」
「ひひひ」
「ひひひ」
わしらは二人でにやにやした。わしらもちょっとおかしいのかも知れぬ。