「あ、あとは頼んだぞよ・・・」
「あいでちゅ、先生」
と応えたのに安心したのか、この三日ほどの激務(※)で疲れた肝冷斎はついに・・・。
今日からはおいらが、あとを継いで肝冷斎二世ということになりまちた。
※ふつうのひとにはふつうのシゴトでも、先代の肝冷斎にとっては激務だったのでちょう。かわいちょうなことをちまちたな。
さて、先代は最後にどんな本を引用しようとしていたのかな?
三日前の日録を読むと・・・む? むむ?
「公冶長が鳥語を解していた」?
なんでちゅか、これは。常識はずれ(「不経」)にもほどがありまちゅね。これはやめときまちょう。
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と思いましたが・・・・。
―――だいたい、英傑が事を成功させるのは、その知略の為すところだといわれるものだ。実はその事が正義にかない、故にひとびとの心を得ることができたからだとしても、当人はそのことに気づかないものである。後世、英傑の行迹を論ずる者もまた、成功者と失敗者を比べ、知慮の差を観るばかりである。しかるに彼らは
不知天下之事有出智慮所不及。況当夫危疑之際、機会之来、間不容髪。苟以区区計算要之万全、吾見其終身而不及事耳。
天下のこと、智慮の及ばざるところに出ずるあるを知らず。いわんや、かの危疑の際に当たりて機会の来たるは間に髪を容れざるをや。いやしくも区区の計算を以てこれを万全に要す、吾はその身を終うるも事に及ばざるを見るのみ。
この世のことには智慧で推し測れる範囲の外からの影響があることを知らないというべきであろう。さらにいえば、どうしたらいいか全くわからないときにチャンスが到来する、その瞬間はまさに髪一本分の幅さえないぐらいの短い間なのである。もし万全の結果を得ようとして、一つ一つのことを計算してから行動に移しているひとがいるとしたら、そのひとは事を終える前に年老いて死んでしまうだけであろう。
故彼治世之論、不可以揣乱世英雄也。
故にかの治世の論は、以て乱世の英雄を揣(はか)るべからざるなり。
だから、平和な時代の倫理によって乱世の英傑をあれこれいうことはできないのである。
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と申します(頼山陽「日本外史」巻十二(毛利氏論))。先代・肝冷斎にも何か思うところがあったのでございましょう。ということで、明日は今日ほど寝不足ではないと思いますので、先代の意志をつぎまして、「公冶長の犯罪」についてじっくり読みたいと思うのでございます。