平成22年9月25日(土) 目次へ 前回に戻る
ぼんやりと富士山が・・・
・・・その老人の話では、駿河・遠江の境、大井川では、天狗を見ることができるという。
まず闇の夜を選び、深夜、
封疆塘(どてづつみ)の陰にしのびてうかがふ。
土手堤の陰にそっと忍び隠れて(川の方を)覗き見てみるのじゃ。
と老人は教えてくれた。
すると・・・、おお。見えるはずじゃ。
鳶のごとくなるに翅の径(わた)り六尺ばかりある大鳥のやうなるもの、川面にあまた飛び来たり、上りくだりして魚をとるのけしきなり。
トビのような形で羽を広げた幅が六尺ほど(2メートルぐらい)もある巨大な鳥のようなモノ―――が、多数、大井川の上を飛び回り、上昇したり下降したりして水中の魚を採ろうとしているらしいのが。
驚いても息を飲み込まねばならぬ。
「う、うひゃあ・・・」
とわずかにでも
人音すれば忽ちに去れり。
ひとの声が聞こえると、あ、という間にみな姿を消してしまうのだ。
「へー」
わしは驚きを隠せませんでした。
「なんと天狗が・・・」
「そうなのじゃ」
老人は鹿爪らしく頷いた。
「でも、ほんとうに―――」
わしは質問しました。
「それ、ほんとうに天狗なんですか? そんな原始的な方法で食べ物を集めるなんて・・・」
老人、憮然として曰く、
俗に云ふ術なき木の葉天狗などいふ類ならん。
「一般に「特別な能力のない木の葉天狗」といわれるやつらであろう」
と。
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ああ、和文は読み易くていいなあ。寛保年間の刊という菊岡沾凉「諸国里人談」巻二より。漢文アリジゴクを一休み。