行政法18(19.6.14)
行政作用法各論F
行政契約・行政指導(2)
行政指導
⑴ 定義
行政行為の形で国民に作為・不作為を義務づけるのではなく、行政庁が助言、指導、勧告などの方法で、国民に対し一定の作為・不作為を要望し、国民の自発的協力を得て、行政機関の意図するところを実現しようとすること。(情報提供や一般に向けた指導も含みうる概念)
☆ 行政手続法第二条6号・・・行政機関がその任務又は所掌事務の範囲内において一定の行政目的を実現すため特定の者に一定の作為又は不作為を求める指導、勧告、助言その他の行為であって処分に該当しないものをいう。(特定の者に作為・不作為をさせる活動)
○ ある産業の不況を乗り切るため、経済産業大臣が関係企業(団体)に呼びかけて操業時間を短縮させ、過当競争を抑制する。
○ 市町村長が日照権に関する「要綱」を策定しておき、これに則って建築課の職員が、高層建築物を作ろうとする建築主に対してあらかじめ隣接の住民に建築計画を説明させ、その同意を得るようにさせる。
○ 一晩中吠えてうるさい犬について、係員が住民からの苦情に基づき、飼い主に何らかの対処を求める。
○ 農水省と厚生労働省が共同で、身体活動に好影響を及ぼす食物の組み合わせについて公表する。あるいは病原菌の宿主となっている食品について公表する。
○ 税務署が税務についての相談を受ける。同じパターンの質問が多い事項については、パンフレットを作成して署の窓口で配布するとともに、ホームページにも掲載する。
⑵ 行政指導の分類
@助成的指導・・・ア)情報の提供 イ)技術的助言
A規制的指導・・・ア)法定指導 @)行政行為の事前代替的指導 A)その他
イ)法定外指導 @)紛争調整(B調整的指導) A)能動的指導
⑶ 行政指導の機能
行政指導は一方的に権利関係を定めるものではなく、国民・住民の行政に対する強制力のない事実上の協力関係にほかならないから、法律の根拠を要しない(法律の留保の対象にならない)と考えられる。(ただし、法律に根拠があってはならない、のではない。法律に根拠を有する場合もある・・・騒音規制法9条、12条などの行政行為の事前代替的行為、環境影響評価法34条など)
↓(この行政指導の基本的な性格から、行政指導の有効性と逆機能が生まれてくる)
行政指導の機能(有効性)
・ 法の空白の補充・・・法律の存在しない分野でも規制的活動ができる。
・ 円滑な行政運営・・・○か×かだけでなくきめ細かな行政活動が可能。また強権的でないからこそ受け入れられる場合もある。
・ 国際的にも普遍の現象
☆要綱行政・・・1970年代以降の開発ブームと建築技術の進歩の中で、既存住宅地内の中高層ビルの建設や狭小過密な建売住宅の建設などが行われた。これにより、日照権や交通公害等につき開発業者と近隣住民との間でのトラブルが相次ぎ、また都市部における生活資源や教育などの行政需要が急激に増大した。この時期、こうした弊害の発生を避け、調和ある発展を図るという観点から、地方公共団体の多くは宅地開発指導要綱を定め、これに従った行政指導により多くの成果を挙げたとされている。要綱の内容は、おおむね、
開発業者は、@開発計画を示して近隣の同意を得ること(同意条項)、A開発計画について自治体と協議すること(協議条項)、B上乗せ・横出しなど法定外の規制に対応して快適な町づくりに協力すること(規制条項)、C公共用地の提供その他応分の負担金を拠出すること(負担条項)
などからなっており、これらの指導は、一方では、開発者に法定外の義務や負担を課すもので「法律による行政」の考え方に反する、と批判されたが、たいていの場合は、法律の不備を補充して地域社会の維持と開発と環境・安全の確保などのために必要不可欠の措置として評価された。
行政指導の逆機能
・ (抽象的には、)法治行政の原理がなし崩し的に崩れていくのではないか。
・ 行政行為など「強権発動」を背景に威嚇的になされる場合があり、国民の自発的な協力というのは建前だけである。
・ 負担条項において行政側が不当な負担を要求をする場合がある。
・ 法的統制の外にあり、平等原則・信義則に反する場合も存在する。
・ 責任の所在があいまいで、国民の側が不当を訴えようにも知らぬ顔をされたり、あるいは行政側と対象者(企業団体など)の間での癒着・行政腐敗を惹起した(「鉄のトライアングル」)一面もあるのではないか。
・ 行政行為のわずらわしさ、不服申立の対象となることを避けるため行われることもある。
⑷ 行政指導に関する法的統制
@ 法的根拠について
行政指導は一般には法的根拠を要しないが、規制的行政指導については、特定の国民の権利を侵害するものであるから法律の留保の原則が当てはまり、「法律に根拠規定がある場合及び行政行為の前段階での指導以外の行政指導は許されない」という考えもある。
しかしながら、行政指導は(機能のところで整理したとおり)、行政が新しい行政需要に機敏に対応して活動することができる点に意義があり、これに法律の根拠を要することにすると、
・新しい社会問題にすぐには対応し得ない(近隣迷惑、ストーカー規制)
・○か×かの硬直した行政活動になってしまう
といった「行政指導法定化の弊害」が指摘され、一般には、規制的行政指導についても法的根拠は必要とされていない。
A 法定外行政指導についての法的規制
法律に個別の根拠のあるものを除き、行政指導については、行政手続法によって共通的に統制されることになる。
一般に、
ア)行政指導は権限の無い機関が行ってはならない。(逆に、組織上の権限規定があれば足りる)(手続法32条)
イ)法律違反の内容や、法の一般原則違反(例えば平等原則違反)の行政指導は違法。
ウ)行政指導の定義から、「強制」にわたってはならない。(手続法32条〜34条)
エ)行政指導は、相手方が「放棄できる」利益の制限を求めるものに限られる。人身の自由や精神の自由に制限を求める行政指導は違法。
と考えられる。
B 行政指導の方式
要式は定まっていないが、国の機関が行う場合は、趣旨、内容、責任者を明確に示し、求められた場合は、原則、書面の交付をしなければならない。(手続法35条)
C 違法な行政指導に対する救済
行政指導は「事実上の協力」であるから、不服であれば協力を拒否すればよく、わざわざ訴訟を起こすことは必要がない、というのが原則。
ただし、指導の一形式として警告などが行われたり、指導(勧告)に反すると氏名を公表されるなどの場合、不利益な効果の排除を考える必要がある。判例では、長らく最高裁は行政指導は「行政処分ではない」ことから、取消訴訟を認めてこなかったが、平成17年7月15日判決で、
・病院開設に対する中止勧告を無視すると保険医療機関の指定が得られなくなるなどが予想される場合に、中止勧告を取消訴訟で争うことを認めた。
なお、平成16年の行政事件訴訟法改正で、予想される不利益処分の差止めなどが提起できることになっており、行政指導そのものの取消訴訟とは違った訴訟も可能となる。
D 法に違反した行政指導に従った場合
行政指導が明白に違法・不法な行為を求めている場合、これにしたがって犯罪を犯したとしても民事刑事上の責任は阻却されない。(昭和57年3月9日最高裁判決・ヤミカルテル事件)
E 行政指導と強制の関係
行政指導は強制にわたってはならない、とされる。強制・強要が争われた裁判例がいくつかある。
・ 負担金納付につき相手方に選択の余地を与えず一定額の納付を要求するのは事実上の強制であり、行政指導の限界を超える。(平成5年2月18日最高裁判決)
・ 指導に従わない者に対し制裁として水道水の供給を拒否することは、水道法の正当事由に当たらず違法となる。(平成元年11月8日最高裁決定)
・ 行政指導を行っている間、行政行為を留保すること自体は違法ではないが、行政指導を守らせようとして権限行使を留保するのは他事考慮に基づく不作為として違法となると解される(行政手続法34条)。行政指導にもはや協力できないとの意思を真摯かつ明確に表明し、当該申請に対し直ちに応答すべきことを求めているものと認められる場合には、それ以後の行政指導を理由とする確認処分の留保は違法となる(昭和60年7月16日最高裁判決)
※ 規制型行政指導に見えるものでも、実態は調整型指導であり、開発業者としても、地域住民と無用の軋轢を起こすよりも行政指導を受け入れて応分の負担等を行うのが得策、という判断に則って自発的に指導を受け入れている場合が多い。
しかし、事業主の側が株主や債権者との関係で、法令で定められた以上の負担を引き受けられない、などの事情がある場合には、行政指導は働かない。例えば、地域住民との軋轢は覚悟の上で(法律はきちんと守って)事業を実施しようとする事業者には、行政の側として行政指導に従うことを強制することはできない。また、事業者が補償金等の形で既に地域住民との関係を整理してしまった場合、それに加えて行政の側が負担を求めたとしても、事業者は対応しないことがありうる。
一方で行政の側では、A社には負担金を支払ってもらったのに、B社がそれを拒否した場合、平等な扱いをするためにB社に執拗に行政指導を行う場合もありうる。
(次回は行政強制について)