(1.7:参考)
1 争点訴訟について
現在の法律関係に関する訴訟(民事訴訟)を行うに当たって、行政処分が争点となる場合、その争点限りでは行政事件訴訟と同じ取り扱いをし、抗告訴訟の規定を適用する(45条等)。このような訴訟を争点訴訟という。
農地改革で土地を買い取られた地主が、現在の所有者に対して、行政庁の農地買取の無効を主張して、土地の返却を求めるような場合、形としては「現在の法律関係に関する訴訟」として民事訴訟となるが、行政庁の処分の効力という点を争う(争点)ことになり、行政事件訴訟に近い扱いをするのが妥当である。
2 行政事件訴訟法36条の構造について
この条文は、「・・・ア 損害を受けるおそれのある者 イ その他・・・有する者で、ウ ・・・目的を達することができないもの」(に限り提起することができる)と書かれており、ウの要件はア、イ両方にかかる(アについての「限定説」)か、イにしかかからないか(「無制限説」)という議論がある。法文の文理解釈からすれば、限定説が妥当。ただし、判例(最高裁51.4.27)は、アが満たされれば当然にウが満たされる、という解釈をしている。
3「処分性」の認定について
⑴ 通説・判例は次のように考えている。
@)権力性
もともと行政事件訴訟とは、普通の民事上の法律行為と違って、「公定力」を持つ特殊な行為について、「権限ある機関」が違法性の判断を行うために設けられた制度である。したがって、公定力のある行為にだけその適用を認めればいいはず。
判例の判断も同様で、抗告訴訟の対象となる処分とは「公権力の主体たる国又は公共団体が行う行為のうち、その行為によって、直接国民の権利義務を形成しあるいはその範囲を確定することが、法律上認められているもの」としている。(最高裁昭和30.2.24)
○ 契約など私法上の行為を権力性を欠き、処分ではない。
○ 行政指導のように法的効果を伴わない行為は、処分ではない。
○ 国民生活に重大な影響を及ぼすものであっても、通達のように行政部内の行為で国民に対し直接の法的効果を持たないものは処分ではない。(墓地埋葬に関する通達(最高裁43.12.24判決)
○ 土木工事のように事実行為は特定人に法的効果を及ぼすものではないので処分ではない。(ごみ焼却場の建設(最高裁昭和39.10.29判決))
A)紛争の成熟性
一連の行政過程を構成する行政庁の行為のうち、当事者の権利義務を最終的に決定する終局段階の行為でないと処分性が認められない。
○ なお後続の行為により権利関係がいっそう具体化されることが予定されている、行政計画や行政立法は、「中間的行為」であり、この段階では紛争はいまだ「成熟していない」(青写真である)との理由で処分性を認められない。(計画決定は「青写真」として訴えを却下(最高裁昭和41.2.23)
⑵ これに対して、取消訴訟の働きを公定力を否認するだけに限る必要はなく、違法な行政活動からの救済手段として広く活用すべきではないか、との考え方もあり、近年の判例では、この考え方に沿っていると思われるものもある。
○最終的処分をまっていたのでは既成事実ができあがってしまい、実質上の救済が得られない可能性が高くなる場合に処分性を認めることがある。(再開発事業計画の決定は土地の所有者等の法的地位に直接的な影響を及ぼすとして抗告訴訟の対象に認めた(最高裁平成4.11.26判決)
○公権力の行使とはいえない事実行為についても、他の救済手段がないことから、処分性を認める例がある。(ただし、下級審の例。歩道橋建設について処分性を認めた(東京地裁昭和45.10.14決定))
○近年、行政指導であるが指導を無視すると多大な不利益が予想される場合に処分に準じて取消訴訟の対象とすることができるとした例。(病院の新規開設について、地域医療計画に基づき開設中止勧告を受けたが、この指導を無視すると保険医療機関の指定を受けられなくなる可能性が高いので、行政指導の取り消し訴訟を受け付けた。(最高裁平成17.7.15判決))
4 「法律上の利益」(原告適格に関する判例の動き)
「法律上の利益」とは何か。一般には、不利益処分(例えば営業停止処分)を受けた相手方は、処分が取り消されれば権利利益の回復が得られるから、「法律上の利益」が認められる。では、別のひとが受けた何らかの処分で不利益を受けた第三者(近所に同じ業を行うひとが許可された場合)や一般処分によって不利益を受けた者(道路の公用を廃止することで道路が使えなくなった者)には「法律上の利益」は認められるのか。
⑴ 通説・判例の一般的な考え方は、法律上の利益とは、「実定法の保護している利益」と理解してきた。この考え方を「法の保護する利益する説」という。
○公衆浴場業の距離制限規定は公衆衛生上の理由だけでなく、既存業者の営業上の利益も保護していると認められ、既存業者の新規業者への許可処分を争う原告適格を認めた。(最高裁昭和37.1.19判決))
○一方、質屋営業については、公益的見地から規制しているもので、質屋が近所に許可され既存業者が営業上不利益を受けても、その不利益は「法の保護する利益」の侵害ではなく「反射的利益」の侵害にすぎない、として、既存業者に原告適格を認めなかった。(最高裁昭和34.8.18判決)
○商品表示の認可によって消費者が不利益を受けても、不当景品・不当表示防止法は個々の消費者の利益を保護する趣旨ではないことから、消費者の原告適格を認めなかった。(最高裁昭和53.3.14判決)
⑵ これに対し、訴えの利益は個々の実定法の趣旨・目的によって決まるのではなく、違法な行政活動によって原告が受けた不利益が裁判上の保護に値するかどうか、で決めるべきであるという考え方があり、これを「保護に値する利益説」という。近年の判決は実質的にはこの考え方に近づいていた。
○行政処分の根拠条文だけでなく、当該法律の目的や関連する法令、その他法秩序全体を考慮にいれて法の趣旨を理解するという考え方により原告適格を認めた例。(空港周辺住民に航空法全体の趣旨を斟酌して空港設置許可についての取消請求の原告適格を認めた(最高裁平成元年2.17新潟空港訴訟)、炉心から離れた原告にも原発設置の取消訴訟の出訴適格を認めた(最高裁平成4.9.22もんじゅ原発訴訟)、開発許可によってがけ崩れの危険にさらされる者に開発許可の取消し請求の原告適格を認めた(最高裁平成9.1.28判決)。)
⑶ 平成16年の行政事件訴訟法改正で上記下線部の考え方が法律に明確化(解釈指針の位置づけ)され、その後、都市計画事業から生じる騒音・振動によって健康・生活環境に著しい被害を直接受けるおそれのある者には、地権者でなくても事業決定の取消を求める原告適格が認められた。(最高裁平成17.12.7判決。従来の判例を変更するもの)
5 期間の経過で処分が失効した後の訴えの利益について争われた例
○除名処分の取消しを訴えていた議員の任期が満了し、議員の身分を回復することができなくなっても、除名期間中の給与の請求をするために処分を取消す必要があることから、訴えの利益は失われないとした例(最高裁昭和40.4.28判決)。
○ただし、名誉・信用の不利益は事実上の不利益に過ぎず、法律上の利益には当たらないとされる。(運転免許停止期間が既に満了している場合において、免許停止処分(免許証には処分を受けた旨の記載が残っている)の取消しを求める利益はないとされた。(最高裁昭和55.11.25判決))