行政法2419.12.3

行政救済法・総論

 

⑴ 国家(行政)は不謬の存在ではない。また、行政の活動に誤謬がなくても、その影響で私人が損失を蒙る場合がありうる。行政が誤った活動をした場合その効果を取り除いたり、あるいは行政の活動によって生じた(不公平あるいは違法な)状態を除去したりする必要がある。このような行政の活動に関する紛争は、私人と行政主体の間の紛争という形で生じ、私人の救済によって解消する(もちろん救済すべきでない場合は救済されない)。このため、私人と行政主体の間の争いに関する法の定めを「行政救済法」と呼んでいる。

 

⑵ 行政救済法には、次の二つの面がある。

@     行政の活動によって受けた損失を金銭によって填補する場合

@)自分の土地が国道の敷設のために収用された。補償してほしい。・・・損失補償

 A)バイク運転中に国道にできた穴ぼこにタイヤをとられて負傷した。損害賠償してほしい。・・・国家賠償

 

ア)損失補償・・・公共事業の実施やその他の行政作用が営まれるに際して、国民の財産が公共のために利用されたり、その利用方法が制限されるなどして特定人に不利益が及んだ場合、社会全体(国家)がその損害を填補して負担の公平を期する制度(憲法29条3項)

(☆)負担金・・・逆に、公共事業等の行政活動によって特定人のみが利益を受ける場合など、その原因者または受益者に(税金のほかに)経費の全部または一部を負担させる制度(個別法)

イ)国家賠償・・・違法な行政活動により国民の生じた損害を金銭で補填する制度(憲法17条、国家賠償法)

 

⇒このような金銭面での填補の観点から私人を救済しようとする法律のはたらきを「国家補償」という。

 

A     行政活動そのものの効力を争う場合

@)営業許可の申請をしたが不許可となった。(不許可を取消し)許可してほしい。・・・行政不服審査、行政事件訴訟

 A)土地売却利益に課税されたが、税額が高すぎる。・・・国税不服審査、行政事件訴訟

 

ウ)行政不服申立・・・行政庁の処分その他公権力の行使にあたる行為に関して不服のある者が、行政機関に対して不服を申し立て、その違法・不当を審査させ、違法・不当な行為の是正や排除を請求する手続(行政不服審査法、個別法)

(☆)苦情処理・・・行政機関が国民の不平不満を窓口で聴取し、行政内部で調査して適正な対応措置を検討し、行政の改善を図る手続(法規定なし。行政相談委員法など)

エ)行政事件訴訟・・・行政作用によって国民に具体的な不利益状態が生じ、または生じるおそれがある場合に、国民が裁判所に訴えを提起し、行政権の行使にかかわる作為・不作為の適法性につき審理を求め、違法な行政作用によってもたらされた(もたらされるおそれのある)違法状態を排除して権利利益の回復・実現を求める訴訟手続(行政事件訴訟法)

 

⇒このような、違法な行政活動の効果の排除の法的手続きを「行政争訟」という。 

 

国家補償 @ 

1 損失補償

⑴ 考え方

適法な公権力の行使によって加えられた損失を償うことをいう。(「賠償」とは違う)

 

※ 公共事業をしようとするとき、土地所有者から土地を手に入れる方法としては、次の二つがある。

○任意売買○強制取得 ⇒いずれにしても対価の支払いが必要⇒「補償」・・・補償額がまとまらない場合、収用委員会が裁決

※法律が適法と考え、公益のために行う事業のために土地を取得したのに、どうして対価が必要になるのか。

     「損失の平均化」・・・公共事業では社会全体が利益を得ることになる。損失は特定のひとにかぶさる。この損失は誰もが甘受しなければならないものではなく、当該土地所有者にだけかぶさる「特別の犠牲」である。社会全体は、この特別の犠牲の上に立って不当な利得を得ていることになるので、この利得を返して、損失を平均化してやらねばならない。

 

⑵ 損失補償の対象

国・公共団体(行政主体)が個人に求める負担は、あらゆる場合に損失補償の対象になるわけではない。

 

@法律に規定が無い場合

・明治憲法の時代以来、損失補償については、一般法が存在していない。当時は、個別実定法に補償規定がない場合には補償は必要ないという解釈(ア「補償不要説」)が通説となっていた。(大日本帝国憲法27条2項)

     日本国憲法は、「私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のために用ひることができる。」(29条3項)としている。この規定については、以下の説があった。

イ)プログラム規定説・・・実際に補償をするか否かは立法政策の問題とする説。

ウ)実定法的効果説・・・憲法29条3項は財産権の侵害となる公用収用や公用制限には補償が必要であるという法的な効果を持っているとする説。

さらにウ説の中でも、

@)補償は収用等の前提要件であり、法律が補償を定めずに収用等を行うことを認めている場合、当該法律は違憲無効である。(当然無効説)

A)収用は補償請求権の発生をもたらすと考えて、法令上補償の定めの無い収用等の規定は適法有効であり、財産権を収用等された者は、直接憲法に基づいて補償請求権が発生する。(補償請求権発生説)

とがあり、最高裁の判例はウのA「補償請求権発生説」をとっている(最高裁昭和43年11月27日判決)。したがって、現在では、個別法に補償規定が無くても損失補償を求めることが可能となっている。

 

A「財産権に内在する社会的制約」の考え方

・憲法29条2項は、「財産権の内容は、公共の福祉に適合するやうに、法律でこれを定める。」としている。財産権が制約されるとしても、いかなる場合にも無条件に補償請求権が発生するわけではなく、次の三つの要件が必要とされている。

@)公共の利用に供するための財産侵害であること。

A)社会生活において一般に要求される受忍の限度を超えるほど本質的なものであること(実質的基準)

B)平等原則に反する個別的な負担であること(形式的基準)

・実際には、

ア)まず、税金のように「一般的な」負担、罰金のように本人に責めのある「特別の」負担については、当然に補償対象から除外される。

イ)また、本人の責めに帰せられない特別の負担であっても、公共の利用に供するためのものではない負担・・・公共の秩序維持のための利用制限(警察制限)(例:危険防止のための建築制限、防災上の理由によるため池の利用制限)・・・は、財産権に内在する社会的制約と考えられ、補償の対象にはならない。

ウ) 当該財産がすでに危険物・有害物となり、それ自体の価値をもたない状態に陥っているとき(延焼のおそれのある消火対象物の処分・・・延焼のおそれがないものを処分した場合は保証される(消防法29条))は補償の必要はないとされる。

エ)公共事業推進などの「積極的目的」のために財産権を収奪、破壊する場合には、もともとの財産権に含まれている制約ではないと解され、損失補償が生じるとされる。(29条2項の問題ではなく、29条3項の「公共のために用いる」場合と考えられるので、社会全体で損失を補償してやる必要が生じる。)

オ)財産権の利用制限については、本来の利用目的とは別個の公益目的実現のために課される制限については補償が必要である(逆に、本来の効用を高めるための制限は補償されない)と解されている。

⇒具体的には、他の地域の安全や、文化財・自然・名勝保護などのための制限は国民全体のために課される外在的制約と解されるため補償規定が置かれる(森林法35条・・・保安林、自然公園法52条など)。一方、美観地区(建築基準法)のように、地域環境をよくし、居住地としての効用を高めるための規制(と考えられるもの)には補償がなされない。

 

☆このような、本来の効用と制約の目的との関係で、「本来の効用を疎外する目的のために行われる」利用制限にだけ補償をしようという考え方を「目的疎外説」といい、現在の実務・通説の立場である。このほかに、「状況拘束性説」(現状をかえる(たとえば建物の破却)場合には補償が必要だが、現状をそのままにして利用制限する場合には補償が要らない、という考え方)もある。

 

⑶ 補償の内容

・憲法29条3項の「正当な補償」とはどのような内容をいうのか。

@相当補償説・・・公正な算定の基礎に基づき算出した合理的金額を補償すればいい。(最高裁昭和28年判決(農地改革に関するもの)

A完全補償説・・・収用される財産権の客観的価値全額を補償すべきである。(最高裁昭和48年10月18日判決)
土地収用法における損失の補償は、・・・その収用によって当該土地の所有者等が被る特別な犠牲の回復をはかることを目的とするものであるから、完全な補償、すなわち、収用の前後を通じて被収用者の財産価値を等しくならしめるような補償をなすべきである。

現在では、Aの完全補償説が判例の立場となっている。

・その内容は、土地の公用収用の場合、「公共用地の取得に伴う損失補償基準要綱」(昭和37閣議決定)により、

     収用される権利についての補償

     移転料、移転調査費、営業損失など、収用によって権利者が「通常受けるであろう付随的損失」についての補償(通損補償)

     残地補償(土地収用法74条)、みぞ・かき補償(同75条)

が主なもので、このほか、少数残存者補償や離職者補償などが行われる場合もある。

・補償の方法は、原則として金銭補償(土地収用法71条)とされているが、例外として、替地補償、耕地造成補償、宅地造成補償などの現物補償もあり、また、「生活再建措置」という考え方もある(都市計画法などで採用)。

 

⑷ 訴訟上の扱い

損失補償については、収用など原因となる行為が公権力の行使に該当し、一般の私法裁判ではないという考え方から、明治憲法時代は行政裁判の管轄事項(ただし除外)、現行では「当事者訴訟」という訴訟形態をとる。(行訴4条、土地収用法133条)