行政法2519.12.10) 

行政救済法・国家補償A

2 国家賠償

⑴ 考え方

・違法な行政活動については、国民は行政不服申立てや行政事件訴訟法(取消訴訟)を提起して、違法状態の排除を求めることができる。しかし、行政活動の中にはその効果が一過性であるため、行われた後に違法状態を排除しようとしてもどうしようもないものや違法状態の排除だけは国民に生じた損害のすべてを回復しえないものがあり、これらについて、国民の損害を金銭で填補するものが「国家賠償」である。(なお、「国家賠償」の用語は、「国」だけに賠償がありうるように見えるが、これは「国家賠償法」という実定法の名称に引っ張られているためで、同法は「国または公共団体」の賠償について定めている法律であり、以下でも「国」といったときは公共団体も含まれると理解してください。)

・当たり前の制度のように思えるが、実はわが国で「国家賠償」が制度化されたのは、日本国憲法制定後である。大陸系西欧諸国でも19世紀末から20世紀にかけてのことであり、英米での制度化はわが国同様、第二次世界大戦後である。

・もともと、西欧諸国の法体系では「国家無答責」の原則が存在。適法な行為はもちろん国家の行為であるが、違法な行為は国家の行為ではありえず、行為が違法である時点で(間違った行為をした)公務員個人の責任となると考えられてきた。わが国でも戦前の行政裁判法16条は「行政裁判所ハ損害要償ノ訴訟ヲ受理セズ」としていた。
・一方、民法の不法行為には「使用者責任」(715条)が認められることから、戦前においても、行政の活動のうち国・公共団体が私人と同様の立場で実施する経済的取引や営利的事業活動(私法関係)にかかわる不法行為については、通常裁判所において民法事件として受理して、違法行為を行った公務員の使用者である国・公共団体の責任を問うことが認められていた。さらに、大審院の大正5年判決(徳島小学校遊具事件)で、小学校の校庭に設置された遊具の瑕疵に基づく児童の死亡事故について、民法717条(工作物の設置・保存の瑕疵)の損害賠償命令がなされた。(公法関係のうち、管理関係に該当している)

⑵ 日本国憲法の制定

     国家無答責の原則を全面的に否定した。

     プログラム規定(参考:国家賠償法附則6項)=ただし、損失補償と違い、「国家賠償法」を制定。

    公権力の行使に関する賠償(国家賠償法第1条)

○「公権力の行使」について

@     狭義説・・・ここで定められているのは、従来民法が適用されず、国の賠償責任が否定されていた権力的行政作用の領域をいい、それ以外の領域については、従来どおり民法が適用される。

A     広義説・・・公行政の作用のうち、二条で定められている公の営造物の設置管理作用と民法の対象となる私経済作用以外の作用に適用される。行政指導や事実行為も対象となる。

いずれにせよ、この法律か民法によって救済されることになるので、結果的には違いがない。判例はA広義説をとるとされる。(最高裁62年判決:事実行為である教育活動も公権力の行使とみなす)

○国又は公共団体が責任を負う理由

@     代位責任説・・・公務員の違法行為は国家の行為ではなく、それによる賠償は公務員が責任を負うべきこと。しかし、個人責任とすることによって、ア)個人財産に限りがあるため被害者の救済が十分になされない、イ)公務員の活動が事なかれ主義に陥り公務の遂行が萎縮する、ことから、公務員の使用者である国・公共団体に賠償責任を負担させることにした。条文は代位責任について規定する民法715条に類似し、また2項の規定から見ても、責任の本質は代位責任である。(判例・通説)

A     自己責任説・・・権力にはつねに濫用の危険が伴うものであり、国が公権力の行使を公務員に委ねている以上、その濫用から生じる責任については、授権者である国が自ら負うべきである。

★代位責任説と自己責任説の違い

・代位責任説では公務員個人の不法行為責任が成立していることが前提となる。すなわち、@)加害公務員を特定し、A)その公務員に故意又は過失があったこと(損害の発生を予想し、又は予想すべきであるのに不注意で予想せずに行為したこと)を論証する必要がある。(公務員の主観的責任能力を要する)

・自己責任論では、過失とは、国家権力の発動として客観的に非難さるべき公務運営の瑕疵があるかどうか。個別の公務員の特定、その故意過失の論証は不要とする。(過失の客観化)

・最高裁は代位責任論を前提(最高裁44年判決)に、個々の公務員の具体的過失は必要とせず、公務員が職務上必要とされる標準的な注意義務に違反すると認められる場合には、過失を肯定している(抽象的過失論)。最近では、個々の公務員の行為責任やその監督責任ではなく、組織運営や制度運営に責任を持つ行政庁の過失責任を問題にする制度過失論も主張されている。

 

○「公務員がその職務を行うについて」の意味

・ここでいう「公務員」とは、権力的な行政の権能を委任されている民間人がその権限を行使する場合を含む。許認可業務を代行する民間法人の職員や、機内や船内の戸籍事務を扱う機長・船長が含まれる。

・公務員の行為が職務を行うについて行われたものでなければならない。公務員の行為で、客観的にみて職務行為の外形をそなえている行為であれば、公務員の主観的意図はとわれない。(これを外形主義又は外観主義という。昭和31年最高裁判決)

○「故意・過失」・・・抽象的過失論(前掲)

○違法な加害行為の存在

「違法」とは、客観的正当性を欠くことをいい、行政権を濫用する場合、信義則に違反する場合、必要な権限を行使しない、などの態様が考えられる。また、根拠となる行為規範に反するものだけでなく、公務員の行動が客観的に公正を欠くと認められる場合には「条理上の制約」に反するものとして違法とされる。

※パトカーの追跡は警察官職務執行法・道路交通法から見て適法であったとしても、第三者に対する具体的な危険の発生を配慮せず不相当な方法で行われた場合には、条理に反して違法となる。(最高裁昭和61年判決。ただし、実態事案は不相当な方法ではなかったとした)

○加害公務員の立場

国・公共団体は、損害賠償した場合、加害公務員に求償権を行使することができる。ただし、軽過失の場合には認められない。なお、国・公共団体の代位によって被害者は救済されるから、加害公務員が被害者に直接責任を負うことはない(最高裁昭和30年判決)とされている。

 

⑷ 営造物の設置管理の瑕疵(第二条)

判例の基本的立場は、@営造物の物的安全性が欠如している場合に、A無過失責任が発生する、B財政的理由は免責事由とならない、の3原則とされる。

     無過失責任

「・・・瑕疵とは、営造物が通常有すべき安全性を欠いていることをいい、これに基づく国および公共団体の賠償責任については、過失の存在は必要としない(最高裁昭和45年判決)

○公の営造物の設置・管理の瑕疵

・公物法では、「営造物」とは物的施設と人的組織が一体となって国民・住民へのサービスを行う事業体をいう(国立病院、公立学校、私立図書館など)が、ここでは公物法でいう「公物」(国・公共団体が公用または公共の用に供している有体物)の概念を指して「公の営造物」と言っていると理解されている。

・「設置・管理の瑕疵」とは物自体に欠陥があって、「通常有すべき安全性を欠いている」状態(物的欠陥説・客観説)。道路の管理に瑕疵があって落石で死亡事故が起こった場合、管理者の予防が現実には困難な場合であっても(無過失責任。また、財政上の理由は抗弁にならない)営造物の権利に責任があるとして賠償を求めることができる(最高裁昭和45年・高知国道事件判決)。

・営造物の利用者には被害はなくても、営造物の平常の操業によって近隣在住者などに損害を及ぼす場合、この営造物には「社会的機能に瑕疵がある」(供用関連瑕疵)とされ、国家賠償の対象になる。(最高裁昭和56年・大阪国際空港事件判決、最高裁平成7年国道43号線騒音公害判決)

○安全管理義務違反の考え方

営造物に物的瑕疵はないが、管理者側の管理の仕方に安全管理義務違反がある場合にも、国家賠償を認めようという考え方であり、原則@Aの例外に当たる。近年、判例もこの立場をとるものがある。

・道路管理者が大雨のときに通行止めなどの措置をとらなかったところ、道路には問題はなかったが、道路上からの鉄砲水でバスが流された、河川管理者が決壊の可能性があるのに堤防の改築をしていなかったところ、記録的豪雨で堤防から水が溢れ出て洪水になった、というような場合に、物自体には欠陥が無いことを理由に国家賠償の議論はできないのか。このような場合にも、安全管理義務違反を認めて、国家賠償の検討がなされると考えられている(このような考え方を「折衷説」という)。

・一歩進めると、「物に欠陥があるなしにかかわらず、安全管理義務違反が無ければ、賠償責任は生じない」という考え方になる(義務違反説・主観説)。判例においても、夜間に、道路工事現場に突入して交通事故が起こった、道路管理者は赤色灯を設置していたが、直前に、別の車が倒してしまっていた、という事案で、道路管理者には即座に現状に戻すことは不可能であったから、安全管理義務違反に該当しない、として賠償責任を認めなかった例(最高裁昭和50年判決)がある。(ただし、客観説を否定したわけではないと思われる)

○便益提供施設と危険防止施設

・道路、公園、学校などの便益提供施設が通常具えるべき安全性を欠く状態であるのに、管理者がこれを「どうぞ使ってください」と利用に供して利用者などに損害を発生させた場合は、三原則が適用される。

・しかし、堤防、防波堤など危険防止施設の場合は、三原則はストレートに適用されるべきなのか。もともと危険な状態が起こり得、それを防ぐための施設であるから、予想を超えた災害などが起こった場合には、国家賠償が認められないケースがある。(原則ABの例外)

★水害訴訟

@施設自体に物的欠陥があった場合(計画水量の範囲内なのに堤防が決壊してしまった!)

⇒想定されていた洪水に対応しうる安全性を備えていなければ賠償責任が生じる。(最高裁平成2年・多摩川水害訴訟事件判決)

A施設自体に物的欠陥はなかったが、計画された施設が不十分であった場合(計画水量以上の洪水が起こって堤防を越えてしまった!)

⇒危険防止施設の優先順位は政策的判断の問題(他の政策を優先しておいて水害が発生したら安全確保義務違反と断ずることはできない)である、原則として設置管理の瑕疵にあたらない。

未改修河川では、同種同規模の河川の管理の一般水準に比べ、いちじるしく安全性を欠くと判断されるなど当該河川の管理計画に特段の不合理性が明白に認められるような例外的事情のある場合に限って管理瑕疵にあたる。(最高裁昭和59年大東水害訴訟事件判決)

 

    賠償責任者は誰か。(第三条)

例えば、国が設立したが、管理は地方公共団体に任されている建造物の瑕疵で損害が生じた場合、国家賠償法は国・公共団体いずれにも賠償請求ができる、としている。内部での求償関係は、設置管理の関係よりも費用負担の比率によるとされる。

 

(次回は国家賠償の続き・行政不服申立て)